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2014年10月13日月曜日

誰得レポート / さらば青春の「Kiss You」"タイプB"


→ このエントリーは前回の続きです。
  まだの方はこちらのエントリーからお読みください。




さて前回に引き続き、早速始めるポコ!
今回は前置きは無しだポコ!!






まずはこちら。
「RHYTHM RED TMN TOUR」の全日程を見ておきましょう。


――――――――― (1990年) ―――――――――

12月10日 新潟県民会館
12月11日 新潟県民会館
12月13日 石川厚生年金会館
12月14日 石川厚生年金会館
12月19日 名古屋国際会議場 センチュリーホール
12月20日 名古屋国際会議場 センチュリーホール
12月22日 名古屋国際会議場 センチュリーホール
12月23日 名古屋国際会議場 センチュリーホール
12月25日 北海道厚生年金会館
12月26日 北海道厚生年金会館

――――――――― (1991年) ―――――――――

1月6日   鹿児島市民文化ホール
1月7日   鹿児島市民文化ホール
1月9日   福岡サンパレス
1月10日 福岡サンパレス
1月12日 福岡サンパレス
1月13日 福岡サンパレス
1月17日 メルパルクホール広島
1月18日 メルパルクホール広島
1月24日 メルパルクホール広島
1月26日 愛媛県民文化会館(唯一の一回公演)
1月28日 倉敷市民会館
1月29日 倉敷市民会館

2月2日   郡山市民文化センター
2月3日   郡山市民文化センター
2月8日   神戸文化ホール
2月9日   神戸文化ホール
2月16日 青森市文化会館
2月17日 青森市文化会館
2月19日 仙台市泉文化創造センター(唯一、二階席の無いホール)
2月20日 仙台市泉文化創造センター
2月22日 仙台市泉文化創造センター
2月23日 仙台市泉文化創造センター

―――――  (これ以降、アリーナツアー) ―――――

2月27日 大阪城ホール
2月28日 大阪城ホール

3月6日   国立代々木競技場 第一体育館
3月7日   国立代々木競技場 第一体育館
3月9日   国立代々木競技場 第一体育館
3月10日 国立代々木競技場 第一体育館
3月12日 名古屋市総合体育館 レインボーホール
3月13日 名古屋市総合体育館 レインボーホール




こうやって見てみると、このツアー、
なんでこんなに 名古屋が多い(6回)んでしょうね?

逆に東京じゃホールツアー無し。
きっとこれが ピュア・デカダンス ってことなんでしょうね(てきとー)









♫~ ”タイプ” と "バージョン" の違い(あくまで当エントリーでの定義付けです)


まず「RHYTHM RED TMN TOUR」は他のツアーと違い、
コンピューターの打ち込みが入らない、全編ほぼ生演奏のため、
尺の変更など、厳密に言うと毎日違う演奏となります。


   このツアーで打ち込みが使われたのは、次の4曲のみ

    ・「Rhythm Red Beat Black」
    ・「Good Morning Yesterday」(バラード部分のみ)
    ・「The Point of Lovers' Night」
    ・「Rhythm Red Beat Black -version 2.0-」(アリーナツアーのみ演奏)


ただこの場合も『パーカッション + ちょっとしたピコピコ音』程度で、
他のツアーでいうところの “打ち込み” とはニュアンスが異なります。
この程度なら通常のギターバンドでも、
1・2曲、テープなどを使用して演奏することがあるでしょう。


その中で、2月27日/大阪から始まるアリーナツアーでセットリストに加わった、
「Rhythm Red Beat Black -version 2.0-」(注)だけは
『いつものTM(TM NETWORK)』風 の打ち込みであり、
時期的に考えても、すでに RHYTHM RED の季節が終わりを告げていることがうかがえます。
テレビCMで「WE LOVE THE EARTH」が流れはじめたのも、この頃です。

  (注)当初は「Rhythm Red Beat Black」と差替えの予定でしたが
     結局「-version 2.0-」はアンコールにまわり、
     一公演で同一曲のバージョン違いが演奏されるという珍しい形となりました。
     また、アリーナツアー用に「Just One Victory」も検討されていた様ですが、
     こちらは実現しませんでした。





また、ツアー前期バージョン・後期バージョンと言える様な
はっきりと編曲が違うものも、かなりあります。
例えば「GET WILD」は、同じく 2月27日/大阪公演から、
エンディングのアレンジが変更になりました。

これは現在でも
CD「TMN GROOVE GEAR」(変更前)
DVD「RHYTHM RED LIVE WORLD'S END」(変更後)
で、それぞれ確認することができます。





しかしこのエントリーで言う ”タイプB” とは、それらの
"バージョン" とは違い、
変更時点から次の変更まで一貫して継続されるものではなく、
今日は”タイプB”  明日は”タイプA”  明後日はまた”タイプB” というように
その日の気分で自由に『選択』できるもの を指します。
(あくまで当エントリーでの定義付けです)







------------------------------------








[では「RHYTHM RED TMN TOUR」における
「KISS YOU」”タイプB” とはなにか?]


残念ながら、これはミツカワの夢見た様な編曲違いではなく、
演出の違い だったようです。


曲の途中で一旦ブレイクし始まる、ダンサー林選との怪しげな絡み。
これを林選の代わりに、宇都宮隆がその場で選んだ
客席の女の子をステージに上げてやるという
なんとも破廉恥… いや、チャレンジングな企画でした。

これは「KISS YOU」”タイプA”





























以下、藤井徹貫氏によるツアードキュメント本、
「TMN "RHYTHM RED" TOUR DOCUMENT」から
該当部分を参考に、ミツカワが再構築してお届けします。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





ツアーもようやく軌道に乗った、
12月23日/名古屋公演4日目
この日、本番前の楽屋で宇都宮隆が「KISS YOU」”タイプB” を提案します。

以前のエントリーで書いた(ミツカワが踊らされた)宇都宮隆の発言は、
あの時点では、どうやらダンサー内での内輪話だった模様。
そのためバンドメンバーはその内容を、この日初めて知らされたようです。



結局、ノリの良さそうな女の子が見つかったら ”タイプB” 決行(←ナンパかよ!)
ということになり、
その判断は宇都宮隆に一任 されます。

この宇都宮隆の提案時、メイクのため別室にいた葛城哲哉にいたっては、
その内容を知らないまま、この日のステージに上がることとなりました。



そして運命の 12月23日/名古屋国際会議場 センチュリーホール 公演がスタートします。








♫~♫~♫~


しかし結論から言って、結局この「KISS YOU」 ”タイプB” は行われませんでした。
どうもこの日の本番、特に「KISS YOU」周辺では
トラブル続出 だったようなのです。




前曲「Come On Everybody」間奏後、宇都宮隆のヘッドセットマイクが不調。

→ ヘッドセットマイク交換の為、袖にはける
→ しかし本番中、簡単に外れてしまったツアー初日の反省で、
  外れてにくく取り付け方法を改良していたのが仇となり、交換に手間取る。

→ 宇都宮隆の帰還を待たず「KISS YOU」スタート。
  小室哲哉、冒頭のサンプリング演奏を長めに取り時間を稼ごうとするが、
  ダンサー陣は いつものタイミングで踊り始めてしまう。

→ 宇都宮隆、なんとかステージに戻ってくるが、ヘッドセットマイクがまたも不調。
→ 結局、ハンドマイク(注)に変更。そのためダンスに制限が出来、
  いつもとは違う振付けに。


→ 演奏カットアウト





           ここからが ”タイプB” との分かれ道。





→ しかし宇都宮隆が、
   ノリの良さそうな娘を探すために 客席を見ていたため
 ( ↑ ナンパかよ!) 合図を出すのが遅れ、ステージ上に戸惑いが生まれる。


→ 前述のマイク変更のせいで、いつもと振付けのタイミングが違っていたこともあり
  ダンサー林選は ”タイプB” 決行と判断。

  通常(”タイプA”)なら次へのキッカケとなる、
   宇都宮隆との絡みを始めようとしない。


→ 全員がこう着状態となり、妙な間が生まれる。
→ 宇都宮が声に出してカウントすることにより、再スタート。


  (注)ドキュメント本には『スタンドマイクに変更』と書かれていますが、
     普通に考えて、ハンドマイクに変更したと思われます。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





いかがでしょう?
ミツカワ、コレを書いてて全身から変な汗がにじみ出てきました。
バンドに限らず、舞台に上がったことのある方なら、
この 何ともいえない恐怖感、イヤというほど味わったと思います。
ミツカワもいまだに
『台本が全く頭に入っていないのに、本番のベルが鳴る』という悪夢を見ます。





前エントリーでも紹介した、
タクタウさんの教えてくださった
 ”いつもと様子が違う演奏”とは、
編曲違いではなく、単にガタガタになってしまった演奏をなんとかしようと
みんなで足掻いた結果だったようです。









♫~ あなたが消えてしまったら、私の存在はどうなってしまうの?


結局その後、このドキュメント本に
「KISS YOU」"タイプB" のことは 欠片も出てきません。
また他の資料をあたっても、他の会場で行われたという情報は得られませんでした。


おまけにその内容から考えて、
客席と舞台の距離が遠いアリーナクラスでは、まず無理な演出であり、
よって大阪城ホール・代々木体育館・名古屋レインボーホールの
計8公演で行われた可能性は無いでしょう。




つまり「RHYTHM RED TMN TOUR」における「KISS YOU」”タイプB” とは
企画はされたものの、
決行直前で回避された 幻の存在 だったのでした。


"タイプB” が存在しない以上、”タイプA” も存在しえません。
結局「RHYTHM RED TMN TOUR」における「KISS YOU」は、
細かな演奏違いはあれど、基本アレンジは1種類しかなかったということです。






こちらに書いた様にミツカワにとって「KISS YOU」"タイプB” は
この四半世紀近く、まるで王子様にまたがった白馬…じゃなくて、
白馬にまたがった王子様のように思い焦がれていたのですが、
それも今日でおしまい。

少女はまた一つ大人になったのでした。(比喩的表現)
































                ・・・・・








  ってナニ、ちょっといい話っぽくなってんだよ!
     話はここで終わりじゃないぞ!!









------------------------------------








["タイプB” フェチのあなたに送る、すべての光!]



さて、この「RHYTHM RED TMN TOUR」
 別の曲になら "タイプB” が存在しました。
「All-Right All-Night」がそれです。



DVD「RHYTHM RED LIVE WORLD'S END II」に収録されているものを "タイプA” とすると
"タイプB” は曲の最終盤、客席も含めてのコーラス部分が終わり、
リズムが戻ってきて以降、倍テン(倍のテンポ)となります。

元のテンポ自体が決して遅い曲ではないので、
倍のテンポとなると 凄まじい状態 です。



『なんだ、最後が違うだけか』とお思いでしょうが、
ここからの尺は全く決まっていません。
理由は次に述べますが、エンディングと言いつつ倍テンになってから
4分以上(!)演奏が続くこともあり、
もはや それだけで1曲分 なわけです。

さらに一旦曲を完全に終了しつつ、そこから再度スタート!
なんていうことすらありました。









♫~♫~♫~


この "タイプB” は全40公演中、16回演奏されました。
なので、そんなにレアな話では無いのですが、
先のドキュメント本には一切触れられていません。

では、なぜ『16回演奏された』と具体的に言えるかと言うと、
この "タイプB” には明確な役割があったからです。



その役割とは小室哲哉がショルダーキーボードを抱えて
『やんちゃ』をするとき のバックミュージック。

つまりショルダーキーボードの破壊がある日は "タイプB” が演奏されました。
そのショルダーキーボードの破壊が16回だったので
「All-Right All-Night」"タイプB” も16回というわけです。


『先生、あなたはか弱き大人の代弁者なのか?!』哲哉は荒れた。


























































16回中、ミツカワが確認出来たのが次の10公演です。
他の6回分をご存知の方は、お知らせください。




    ――――――――― (1990年) ―――――――――

    12月23日 名古屋国際会議場 センチュリーホール(この日からスタート!)
    12月26日 北海道厚生年金会館

    ――――――――― (1991年) ―――――――――

    1月13日 福岡サンパレス
    1月17日 メルパルクホール広島
    1月26日 愛媛県民文化会館(会場壁の大理石を叩き壊し始末書

    2月3日   郡山市民文化センター(EOSまで破壊)
    2月27日 大阪城ホール
    2月28日 大阪城ホール

    3月10日 国立代々木競技場 第一体育館
    3月13日 名古屋市総合体育館 レインボーホール




こうしてみると、1月26日が一際まぶしく 光ってますな。
一応、同年冬のEXPOツアーでも同会場でLiveをしているので
出禁はまぬがれた様です(汗)









♫~♫~♫~


しかしこれ、ご想像の通りドラマーの
阿部薫一人に相当な負担がかかります。


この企画が始まった12月23日の名古屋公演では、
この曲が本編ラストだったため、
まだ、後先考えずやり切ることができたのですが、
問題は年を越した1月以降。

本編ラストが「TIME TO COUNT DOWN」に変更になり、
この2曲が続く ことになります。
よって阿部薫はこの無茶苦茶なテンポのドラムを叩いた後、
間をおかず「TIME TO COUNT DOWN」を叩かないといけないのです!





先に述べた通り、この倍テン部分の尺は決まっておらず、
本番のノリ次第、つまり小室哲哉のノリ次第となっていました。

「All-Right All-Night」途中で、
小室哲哉がショルダーキーボードを抱えると、"タイプB” の合図です。

当時のTVインタビューで、この演出を ストレス解消 と称し、
『(破壊するショルダーキーボードは)自腹でやっているんだから、
 スッキリするまでやらせてもらう』と語っていた小室哲哉ですが、
付き合わされる阿部薫はたまったものではありません。

小室哲哉はその様子を『般若のような形相で叩いている』と笑っていましたが、






    当・た・り・前・だ・!







TMNは阿部薫に対し
『"タイプB” 手当』を支給するべきとミツカワは考えます!

ツアー最終日 1991年3月13日 名古屋公演
かっこよく見えますがギターはびくともせず、結局、葛城哲哉自身がギターを叩き付け破壊したそう。







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いかがでしたか?
ミツカワにとっては悲しい結末ではありましたが、
23年間抱えてきたモヤモヤが、
今になって解決したことは素直に嬉しいです。

こんなの気になってたやつなんて、俺だけだろうけどよ。・゜・(ノД`)・゜・。




最後になりましたが、情報を寄せていただいた
タクタウさん
さとしさん
並びに匿名の方々には、あらためて感謝いたします。


せっかくですので、ライーダ☆ポイントを…
え、いらない?…ほんとに?…

あ、そうですか…。




んじゃ、また!








2014年10月12日日曜日

Thank you FANKS / ミツカワは救われた!

こんにちは
地獄帰りの男、ミツカワです。

前回から間が来ましたが、決してサボっていたわけではありません。
むしろ今まで以上にTM漬けの日々でした。

その証に今回は2月以来の
二夜連続更新とさせていただきます。






いやまさにそれは地獄でした
名付けて『RHYTHM RED TOUR 地獄』です。

『なにその RHYTHM RED TOUR 地獄って? 楽しそう ♪─(≧∇≦)─♪』と思ったあなた。







     馬鹿野郎ー!死にたいのかっ!?







『命を粗末にする愚か者。ふふふ…あなた、まだ子供ですね』
とクイーン・エメラルダス様から、ありがたい御言葉を賜るに至って
この重箱Blogも、ついに宇宙規模かと感慨深いミツカワです。



…えーっと、いつも以上にワケのわからない話になっていますが、
羽目を外して大先生に目を付けられないうちに本題に入ります。








今回の趣旨は一言で申しまして、皆様への感謝 であります。

2014年6月にエントリーした救済企画 / お願い、ミツカワを助けて!に対しては、
本当に多くの方々から情報や励まし(?)をいただき
誠にありがとうございました。

今回は皆様から頂いた種々の情報のまとめであります。



え? ただそれだけのことなのに、何でこんなに時間がかかったのかって?
ふふふ、あなたも覗いてみますか? 地獄の釜の中を…。

というわけで、今回のエントリーは以前のエントリーと対になっています。
まだの方はコチラからお読みください。






というわけで早速スタート!
まずはこの件。






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[「1987年12月7日 Kiss Japan Tour 宮崎公演」にて
 アコースティックピアノの音は鳴り響いたのか?]



コメント欄より GAUZE さんから
当時、八曜社から発行された「Kiss Japan Tour Memorial」に
その旨、記載があるとの情報をいただきました。


































この本、ミツカワは実家に置いたままになっていて、すぐには確認できなかったのですが、
夏に帰省した際、持ち帰ってきました。
確認したところ、確かに GAUZE さんのおっしゃるように書かれています。




























御覧のとおり、ステージの大きさの問題から
アコースティックピアノは使えなかったようです。

また『念入りにチェックを行なう』とあることから、
やはり通常とは違う形式で行われたことがうかがえます。



しかし残念ながら、この短い文章から読み取れるのはここまで。
実際にどういう手段でこの事態を乗り切ったのかは分かりません。

もしこの「1987年12月7日 Kiss Japan Tour 宮崎公演」を
実際にご覧になった方がいらっしゃいましたら
是非、お教え下さい。





今回情報をいただいた GAUZE さんには、感謝の気持ちを込めて
『4.5☆ライーダ』を差し上げます。









『5☆ライーダ』集めると音が盗まれます。
がんばってください。







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[「1989年7月17日 CAROL TOUR 鹿児島公演 2日目」にて
 TM史上・唯一の、ウインドシンセ演奏が披露された?]



前回行った問いかけのうち、一番無理筋な問いかけであり、
正直に言って、先のエントリーを書いた時は、
『これは迷宮入りだろうなぁ』と思っていたのですが、
なんとコメント欄に
「1989年7月17日 CAROL TOUR 鹿児島公演 2日目」に行かれたという
そのものズバリの方 が名乗り出てくださいました。



実際にこの鹿児島2日目の公演を御覧になった yasuto さんによると、
「確かに木根尚登が笛のような形の楽器を吹いていた」とのこと。
さらに後日、地元の十字屋にてその笛のような楽器が、
WX7だったことを確認をされたそうです。(スゴイ!)























まさかここまでドンピシャな情報をいただけるとは、ミツカワ感激です!
yasuto さん、本当にありがとうございました。






また、yasuto さんは日付けだけでなく、
鹿児島公演2日目が月曜日だったということも憶えてらっしゃいました。
こちらで確認したところ、確かに1989年7月17日は月曜日でした。

この話から『2日間の連日公演が日曜日と月曜日』という珍しい曜日設定に興味が湧き
他の公演日も調べてみたのですが、
宇都宮隆の怪我による、延期・代替公演となった6月以降は、
どこも曜日に限らず、公演スケジュールが無茶苦茶 です。
やはり突然の大量延期後、なんとか埋め合わせで会場を押さえた事が伺えます。



例えば

・新潟県民会館 3月30・31日の予定が → 6月12日・29日
・大阪フェスティバルホール 4月11・12日の予定が → 6月19日・8月8日

など、元の予定なら一度セットを組めば済んだ連日公演が
モノの見事にバラバラになってしまっています。

そのたびにセットをバラし、別会場へ運搬・設営
(上の例なら 新潟→大阪→新潟)する手間などを考えると
その労力、及び諸経費は
当初の目論見を大きく外れた ものとなったことは想像に難くありません。





また我々は「CAROL TOUR」を『88年12月~89年8月』と一括してとらえがちですが
5月2日の長崎公演から6月12日の新潟公演の間は1ヶ月以上空いており、
また、6月は3公演しかありません

この間、メンバー・スタッフ共、
テンションを保つのは本当に大変 だったと思います。








さて、一番の難問だと思われたこのWX7問題。
yasuto さんのおかげで、あっさりと解決したようにも思えますが、
ミツカワ個人としては、もうひとつのモヤモヤが解消されていません。



鹿児島に全く縁のないミツカワが、なんでこんなことを知っていたのか?



当時あしげく通っていた渋谷道玄坂のYAMAHAで聞いたのか?
とも思ったのですが、やはりそんな記憶はありません。

もし、この件が雑誌のレポート等に掲載されていたのを御存知の方は、
ぜひお教えください。

よろしくお願いいたします。







       yasuto さんには感謝をこめて、看板娘のサービスショットを。

































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さて問題は次です。


[「RHYTHM RED TMN TOUR」開始時に予告された
「Kiss you」"タイプB" とはなんだったのか?]


これに関しては次のエントリーにまとめてありますが
この項目、長くなりますので先にお礼を言わせていただきます。
タクタウ さん
さとし さん
情報提供、ほんとうにありがとうございました。
また匿名による情報提供もたくさんいただきました。
改めて感謝申し上げます。





ですが、ここから先は 地獄の一丁目 です。
心臓の悪い方、妊娠中の方にはオススメできません。
あしからず。









          ・・・・・









…へっ、命知らずの野郎ばかり残ったようだな。
みんな、いい面構えしてやがるぜ。
じゃあ、いくぜ! ついてきなっ!



♫〜これまでのあらすじ

「RHYTHM RED TMN TOUR」開始時に発売された本の中で
宇都宮隆が「Kiss you」を2タイプ用意して日替わりで演奏するよ!
と宣言していました。
(これにすっかり翻弄されたミツカワのザマは、こちらのエントリーで…)

しかし実際に行なわれたツアーでは、タイプ違いと呼べるほどの演奏は確認出来ません。
いったい「Kiss you」"タイプB" とはなんだったのか?



これに対しコメント欄に タクタウ さんから
「1990年12月23日 名古屋センチュリーホール公演 4日目」の
「Kiss you」後半部がいつもと様子が違う
これが "タイプB" ではないか?との情報が寄せられました。

それに対し間髪入れず さとし さんから、
藤井徹貫氏によるツアードキュメント本
「TMN "RHYTHM RED" TOUR DOCUMENT」
当該ページに "タイプB” との表記があります。
と畳み掛けるような情報が!
ミツカワの胸は踊りました。



ではいよいよ「Kiss you」"Bタイプ" とは何か?
いつどこで演奏されたのか?

…という話に行く前に一言。









     こ・こ・か・ら・が・地・獄・だ









当時より藤井徹貫氏の文章が苦手だったため、
この四半世紀、氏の文章は避けて生きてきたミツカワですが
さすがにここまで具体的な情報をいただきながら、読まないわけにはいかない。

というわけで、とてつもなく今更ですが徹貫氏に敬意を込めて
「TMN “EXPO" ストーリー」上下巻と3冊合わせ、一気に購入いたしました。





























早速「TMN "RHYTHM RED" TOUR DOCUMENT」の方から読み始めたのですが、
問題はここから。(以下、ページ等は全て大判本 初版)






♫〜♫〜♫〜

数ページ進んでから気づいたのです。
この本、結構時系列が交錯している…と。

中にはかなりのロングパスもあり、
例えば、2月27日大阪公演の項になって、1月26日松山公演の出来事が書かれていたりします。
そのためボーッと読んでいると、
あっという間に前後関係がこんがらがってしまいます。


『2014年の今になって、この本を舐め回すように読もうとする奴なんて俺だけだよなぁ』
との思いもあり、一旦読むの止め、
1公演ずつ順番に、時系列を整え直した表形式 にまとめることにしました。








        これが…その…えーっと…やめときゃよかった(号泣)








「~ DOCUMENT」という言葉から受ける資料的な印象とは裏腹に
曖昧な表現 が次から次へとミツカワに襲いかかります。

例えば、前振りなく突然『~は、この日も行われた』と書かれている場合、
では、いつから行われていたのか? 他に行われた日はいつなのか? 判りません。

読み物として楽しんでいる分には気にならないものの、
資料としてリスト化しようとすると、
あっという間に頭を抱える事態 になってしまいました。




さらに情報の中身についても 事実誤認を疑われる点 が散見され、
その確認、整理にはかなり手こずりました。


たとえば、12月11日新潟公演2日目の項目 (p.21) において、
前日の演奏時間が長大になったため、アンコール・ラストに演奏されていた
「GOOD MORNING YESTERDAY」をカット。
その結果「THE POINT OF LOVERS' NIGHT」がアンコール・ラストになった
と書かれていますが、ミツカワの調べた限りもともと新潟公演初日から
アンコール・ラストは「THE POINT OF LOVERS' NIGHT」でした。




また “午前十二時“ “午前十二時四十五分“ といった、あまり馴染みのない表現も…。
この表現、使うにしても普通は昼間のことを指すと思うのですが、 
文中では深夜の表現として使われています。








♫〜♫〜♫〜

さて、はじめに氏の文章が苦手と書きましたが、
実際に読み始めると、それ以上に頭を悩ませたことがあります。
ミツカワの購入したのは初版本だったのですが、そのせいでしょうか?
あまりにも誤字脱字が多い。



   ↓ たったこれだけのスペースに、
4箇所も誤植があるってどういうことだよ?!








































RHYTHM RED TOUR → RHITHM RED TOUR (p.97) とか
→ 小 (p.173) とかは
まだ本来の意味が推測できる分、不問といたしますが
(それでも主役を間違えるのはひどいと思いますが 
 “数字" や "てにをは" の誤植に至っては、それが誤植なのかどうかも判断がつきません。

日付の場合は前後関係から気付くこともあるのですが
 (例 p.150/2月17日と19日の間の移動日が20日と記載されている) 
助詞が誤植だった場合は、よっぽど変な表現でない限り お手上げ です。


それこそ『Aさん "に" 言った』と『Aさん "が" 言った』など、
場合によっては意味が正反対になってしまうこともあるわけで、
これが先の曖昧表現や事実誤認と組み合わさると
あっという間に足元が揺らぎ、
ミツカワは 疑心暗鬼という名の底なし沼 で、もがき苦しむ事態となりました。



  (注)全然関係ない話で恐縮ですが、2006年1月15日に放送された
     「仮面ライダー響鬼・四十七之巻」のOPにて、
     主役の細川茂樹氏をクレジットし忘れる、という放送事故を思い出しました。
     (当然、DVDでは修正されています)







ちなみに番外編としてこんなのもありました。
とりあえず、ざっと書いて後で埋めようと思いつつ、
そのまま印刷にまわってしまったんでしょうね。














































♫〜♫〜♫〜

前回から更新が滞った理由は、全てここにあります。
このリスト化作業、実は 2回挫折しました。


しかし、この本を読み切らないと「Kiss you」"タイプB" に関するまとめは出来ず、
情報をいただいておきながら、お礼のエントリーも出来ない。
それだけは許されない。
立てっ!立つんだっ ミツカワ!!

この一念で(もうほとんど意地でしたが)やり遂げました!!





しかし、最大の試練は完成後に訪れる のです。


その試練とは ↓ これ。

苦労してやり終えたのに、
その成果をお見せするわけにいかない。



いくら再構築したからといって、情報の中身は藤井氏の著作物ですので
ネット上に公開するわけにいきません。
こんなに苦労したのに誰にも見せられないなんて…ウウぅぅ。・゜・(ノД`)・゜・。

(チラっとさわりだけ。これ以外にも別表が2枚あります)
クリックで大きくなります。















というわけで、ここまで完全に 自業自得によるグチ であり、
お付き合いいただいた方々、大変失礼いたしました。

しかしわずかではありますが、非常に重要な情報も得られました。
これは現在進行中の「コロシアムを暴け!」などの企画を通して
必ず皆様のお役に立つ日が来る!と信じております。







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というわけで、次のエントリーはいよいよ
「RHYTHM RED TMN TOUR」における
「Kiss you」"タイプB” とはなんだったのか?のレポートです。

先のドキュメント本には全くふれられていない
もうひとつの "タイプB”
も紹介いたしますのでお楽しみに。


んじゃ、To be continued !







2014年6月25日水曜日

救済企画 / お願い、ミツカワを助けて!

こんにちは!
前回より少し間が空いてしまいました。
お久しぶりです、ミツカワです。



    …ガチャッ



あ、今の音は気にしないで…。



えー、さて今回のテーマは
みんなの力でミツカワを助けよう!
という一大救済企画なわけです!!







って、オーイ
  待って待って、待って~
みんな、どこに行くポコーっ!?行くポコーっ!? 行くポコーっ!?






              ・・・。






クックックック…。



この部屋のドアは全て、冒頭でカギをかけたポコ。
もう誰も、読み終わるまで一歩もこの部屋から出さないポコ。

では、張り切っていくポコ!






-------------------------------------






さて今回のネタは、もともと小ネタスペシャル用にリストアップしていたもの。
しかし、いざエントリー化しようとしても、
その根拠がはっきり思い出せず、今に至るまで放置してあったものです。

ただ読んでもらえば、お分りいただけると思うのですが、
妄想にしては、やけにディテールが細かい。



よって自分としてはかなり自信のあるネタなのですが、
このままではラチがあかないので
いっその事、この場を使い
『 FANKS公開捜査!』とさせていただく次第です。



今回のエントリーを読んで

1)当時その場にいて、実際に観た、聴いた。
2)自分は見聞きしていないが、そういう話は
 (雑誌等で)読んだり(ラジオなどで)聞いたりしたことがある。
3)噂だけなら聞いたことがある。

という方がいらっしゃれば、いずれの場合でも結構ですので、
コメント欄や Twitter でお教えいただけたらと存じます。



お願い、ミツカワを助けて!





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助けて☆その1
[お客様の中に「Kiss Japan tour 宮崎公演」に
 行かれた方はいらっしゃいませんか?]





まずはこちらをご覧いただこう。


01 Self Control
02 Children of the New Century
03 Maria Club
04 Fallin' Angel
05 TIME ~ Girl
06 This Night
07 Telephone Line
08 Leprechaun Christmas
09 Don't Let Me Cry
10 Kiss you
11 Resistance
12 You Can Dance
13 Be Together
14 RAINBOW RAINBOW
15 Get Wild
16 Come on Let's Dance
17 Dragon The Festival
18 Human System


これは1987年~88年にかけて行われた
「Kiss Japan tour」のツアー前半における標準的なセットリストだ。
ここでは M05「TIME ~ Girl」~ M09「Don't Let Me Cry」までの間に
注目していただきたい。




「Kiss Japan tour」ではこのM05~M09の間、
ステージ中央にアコースティックピアノが運び込まれ、
小室哲哉・木根尚登がそれぞれ演奏し、なかなかの存在感を発揮していた。

このM05~M09部分はツアー途中で「Girl」「Leprechaun Christmas」が消え
変わって「クリストファー」「Come Back To Asia」が入るなど、
かなり曲の入れ替えがあるのだが、
アコースティックピアノが活躍する点は同じだ。



「Kiss Japan tour」にてピアノを弾く木根尚登




























特に注目すべきは木根尚登がピアノを担当した M09「Don't Let Me Cry」だ。
この曲はツアー開始前、このツアーの目玉アレンジと小室哲哉が語っていた。

イントロから1番終わりまで、まるまるピアノを中心としたバラード。
2番は原曲どおりのバンド演奏となるが、2番の終わりとともに再び原曲を離れ、
各メンバーのソロ回しを中心とした大プログレ・インスト大会となる。






さて、ここからが本題。






ところがである。
1987年12月7日 に行われた宮崎公演では、会場となった宮崎市民会館のスペースの都合で
アコースティックピアノが設置出来なかったそうなのだ。
(これが舞台自体の大きさか、あるいは搬入経路の問題かは不明)



「TIME ~ Girl」など、小室哲哉がピアノを担当していた曲は、
シンセサイザーで代用すれば、最低限まだ何とかなるだろう。
問題は木根尚登がアコースティックピアノを担当していた曲を
どうやって乗り切ったのか?である。

先の「Don't Let Me Cry」の場合、
特にエンディングのプログレッシブ展開の所では毎回
「松本孝弘ギターソロ」→「木根尚登のピアノソロ」→「小室哲哉のオルガンソロ」
とソロ回しをしており
このツアーにおける演奏面の山場となっていた。

かなりの見所であるが、
これはピアノがないとどうしようもない。





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実はこれと似たような状況が1991年末にあった。

この時期、TMはアルバム「EXPO」をひっさげて
「TOUR TMN EXPO」(以下「EXPO tour」)を敢行していた。

この「EXPO tour」も「Kiss Japan tour」と同じように一切商品化されていないため
その実像が見えにくくなっているが、多くの曲で
木根尚登によるピアノプレイがフィーチャーされていた。
つまり曲によっては小室哲哉・木根尚登・浅倉大介の3キーボード編成(!)だったわけだ。

また見方によっては、ヴォーカル+ツインキーボードという、
ある意味、TMの原点が垣間見えるツアーだった。


しかし商品化されている「EXPO ARENA tour」では、
この要素がかなり削られてしまい、
木根尚登のピアノプレイを見ることができるのは
「Jean Was Lonely」1曲だけとなっている。
(「月はピアノに誘われて」はバンド編成ではないので…)





しかしここで問題とするのは「EXPO ARENA tour」ではなく、
「EXPO tour」期間中に幕張メッセで2日間行われたイベントライブ
NECパソコンフェア・スーパーライブ「TMN WILD HEAVEN」である。


この「TMN WILD HEAVEN」では舞台スペースの都合か、
あるいは「EXPO tour」との差別化のためか
木根尚登ブースにピアノが置かれていない。

そのため「EXPO tour」では、木根尚登がピアノを担当していた
「大地の物語」「We Love The Earth」の2曲は
小室哲哉がシンセで代用している。

















      まるで差し押さえにあったように木根ブースはスッカラカン。






本来なら木根尚登がピアノでベーシックな部分を担当し、
その上に小室哲哉が装飾的なフレーズやSEなどをシンセ&ターンテーブルで被せる。
といったアンサンブルだったのが、小室哲哉が
1人で2人分を担当することになったわけだ。



当然、抜け落ちる音が出てくる。




この時の小室哲哉の演奏を、映像で確認すると
例えば「大地の物語」サビ直前で入るヒューン⤴と言うSEを入れるだけで大忙しに見える。


また曲のアレンジは「EXPO tour」と同じものの、木根尚登と小室哲哉では
ピアノの手癖が全然違うため、
曲の印象も変わってしまう。
特にピアノの独奏で〆る「We Love The Earth」のエンディング部分はそれが顕著だ。




この件はいずれ改めてエントリーするつもりだが、
「EXPO tour」初期から中期における木根尚登のピアノの存在感は、
他では見られないものである。
特に「あの夏を忘れない」「We Love The Earth」の2曲では
水を得た魚のように弾きまくっていて、音の面においても
小室哲哉の派手な存在感に引けをとらない。


「TMN WILD HEAVEN」は当時、WOWOWで放送され、
またその一部がCD「TMN GROOVE GEAR 3」にも収録されているが、
少なくとも「大地の物語」「We Love The Earth」に関しては
「EXPO tour」の代用とはならないのだ。







さて「Kiss Japan tour」の話に戻るが、
このようにセットリストが同じでも、楽器編成が変われば
演奏内容はかなり変質せざるを得ない。

例に挙げた「TMN WILD HEAVEN」のように
サポートキーボーディストがいるわけでもないので、
このような緊急事態に採りうる策も限られる。
思い切って曲のカットや差し替えなど、セットリスト自体を弄ることもあるだろう。



はたして1987年12月7日、宮崎市民会館にアコースティックピアノは設置できたのか?
出来なかった場合、どのようにしてその場を凌いだのだろうか?


情報、お待ちしております。





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助けて☆その2
[お客様の中に「CAROL tour 鹿児島公演2日目」
  行かれた方はいらっしゃいませんか?]




TM ファンには御馴染みの、木根尚登によるハーモニカ演奏。
88年12月~89年8月までのロングツアーとなった「CAROL tour」でも披露された。

演奏されたのは3部形式のコンサート中、第1部での「Still Love Her」
しかしこの曲はツアーの終盤、季節が夏に向かう中
「Winter Comes Around」と共にセットリストから消える。

変わってセットリストに加わったのは
「8月の長い夜」と「CONFESSION (Dress Ver.)」
木根尚登のハーモニカ演奏は、これ以降「8月の長い夜」で披露される事になった。






ここまでは、はっきりとした話。






問題はここからだ。


実はこのハーモニカ演奏。
64公演にもおよぶ長い長い「CAROL tour」の内、一公演のみ行われなかったという。

それが先に掲げた鹿児島公演2daysの2日目。
1989年7月17日 鹿児島市民文化第一ホール
だというのだ。




ではその日、木根尚登は何をしたのか?
なんとYAMAHAの Wind MIDI Controller『WX7』を吹いたらしい!























ちなみに、同ツアー第2部のミュージカルパートで木根尚登が宙吊りになるシーンでは
同じくYAMAHAの新製品(当時)だった
Guitar 型の MIDI Controller『G10』を抱えている
(あくまで抱えているだけ)


























当時の YAMAHA との契約関係を考えると
この『WX7』の話もありえないとも言い切れない。




ただこの演出は、結局この日のみとなり、
次の公演である 7月20日 沖縄市民会館からは、元のハーモニカ演奏に戻ったようだ。

演奏がしっくりこなかったか、
あるいは演出上、パッとしなかったのか。



結果として
『1989年7月17日 鹿児島市民文化第一ホール』の公演を観た、2000にも満たない人達は
TM の歴史の中でも唯一の
ウインドシンセ演奏を目撃 したこととなる。




はたしてこれはミツカワの妄想に過ぎないのだろうか?
情報、お待ちしております。





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助けて☆その3
[お客様の中に『RHYTHM RED tour』の「Kiss You」を
2バージョンお聴きになった方はいらっしゃいませんか?]





1990年冬から1991年春にかけて行われた『RHYTHM RED TMN tour』
ミツカワは、91年3月に行われた国立代々木競技場 第一体育館 公演に出かけた。
代々木体育館でのスケジュールは次の全4公演



・3月6日  - 国立代々木競技場 第一体育館
・3月7日  - 国立代々木競技場 第一体育館
・3月9日  - 国立代々木競技場 第一体育館
・3月10日   - 国立代々木競技場 第一体育館



しつこく書かかないと信じてもらえないので、今回も書いておくが
そこまで熱心なファンでは無い ミツカワは
当初この4公演の内、1公演だけ行けばいいかなと思っていた。

アルバム「RHYTHM RED」発売が10月なのに、
それを受けてのライブが年を越した3月、ということに、
やや気分が削がれていたというのもある。




しかし結果はこの代々木全4公演中、3公演も観ることになった。




       なぜか?




それはツアー開始直前に、メンバーからこのような発言があったからだ。
『今回は「Kiss You」を2バージョン用意して、会場のノリに合わせて演奏を変える。
 だから最低2回は観ないと分らないですよね(ニヤリ)』



以前も触れたが「Kiss You」と聞いては、心穏やかでいられないミツカワ。
この時点で2回観に行くことは決定した。

もちろんその2回でそれぞれのバージョンを聴けるとは限らない。
ひとつの賭けである。

ただ代々木公演だけで4日間もあるのだから、その中で
2回ずつ、それぞれのバージョンを演奏するんだろうな…とは思っていた。





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さて時が過ぎ、3月がやってきた。
ミツカワが手に入れたチケットは初日と2日目だった。

初日は全てが初体験のため、バージョン違いもクソもない。
問題は2日目だ。

初日とは違う変な高揚感と緊張感に包まれて、代々木へと向かうミツカワ。
スタートする代々木公演2日目。



しかし残念ながら、そこで披露されたのは初日と大差のない演奏であった。
ミツカワは自分の注意力が足りず、その違いを聴き落としたのかとも思った。

しかし、そもそもこのツアーは生演奏主体のため、
毎日多少の違いが出て当然 である。
その前提のうえで、あれほどはっきりと "2バージョン" と言ったのだから、
それは些細な違いではないはずだ。



日にちの選択が悪かったか…。
ライブ自体は2回も観れたので満足したものの、
「Kiss You」のことだけは悔やまれて、頭から離れなかった。




Kiss You @ RHYTHM RED TMN tour






























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それから2日が過ぎ、3月10日。
その日は代々木公演最終日である。

悔やんでも仕方がない。チケットは使い切った。
お金もそう有るわけでもないし(というか全く無い)
…と、半ば自分自身を説得していたその時だ。



夕暮れ時、たまたま通りがかった新宿のチケット屋。
店頭のショーケースにこれ見よがしに
『RHYTHM RED tour』当日分のチケットが置いてある!

時計を見ると開演まで30分を切っていた。
そのせいかチケットも値引きされている。
この値段なら(数日飯を抜けば)買える!




ミツカワの "Kiss You スイッチ” が入った。
これはTMNをに行くのではない。
「Kiss You」幻の別バーションを観に行くのだ!



チケット握り締めそのまま電車に飛び乗り、新宿から代々木体育館へ。
会場に駆け込むと既に客席の照明は落とされ、
エキゾーストノイズのSEで満たされていた。


ついに始まる代々木最終公演。
ミツカワにとってもラストチャンスだ。








     だが…、





       だが、しかし…








結局、ミツカワに「Kiss You の女神」は微笑まなかった。
その日演奏されたのも先の二日間と同じ(に聴こえる)「Kiss You」だった。






             〜深い沈黙〜






さて、こうなると気になるのは一日だけ行かなかった『3月9日』だ。
ひょっとして4公演中、自分が行かなかった
3月9日だけ別バージョンを披露したのではないか?



ミツカワは疑心暗鬼にとらわれ、半ばトラウマのように
この二十数年間、胸に抱えてきたのである。





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そして時は過ぎ、世は21世紀。
ここに新たな展開が待ち構えていた。


おかげさまでこのBlogを通じ、多くのFANKSの方達と交流する機会を得たミツカワ。
これまでTMの話をする仲間に恵まれなかったミツカワにとって、
初めてガチな語り合いが出来る環境となった!



のだが…



会う人、会う人、誰とこの話をしても反応がない。
そもそも『「Kiss You」を2バージョン~』と言う
メンバーの発言自体、誰も聞いたことが無いというのだ。



はじめから何もかもミツカワの妄想に過ぎなかったのか…。
アイデンティティ喪失の危機に立ち、動揺するミツカワ。



しかし、しかしである!
他のことならともかく、これは「Kiss You」に関わることだ。
「Kiss You」に関することだけは、
常にクラスでもトップの成績だったミツカワ。
絶対の自信があった。





しかしそれを証明するには、まずメンバー発言のネタ元を明らかにしなくてはならない。
そのネタ元が何だったのか全く思い出せないのだ。
文字情報(雑誌等)だったのか、音声情報(ラジオ等)だったのかすらはっきりしない。



この出来事が、世紀をまたいで再びミツカワの "Kiss You スイッチ” をオンにした。
別のエントリーのため資料を漁っていても、
常に目は「Kiss You」の7文字を追う日々が続いた。




そしてまた、月日は流れる。




ミツカワの確信は揺らぎないものではあったが、さすがに焦りを感じはじめたある日。
ついに、ついにそのネタ元を見つけた!


ネタ元は『RHYTHM RED tour』開始と同時期に発行されたこの本である!
お持ちの方は27ページをご覧いただきたい。







































意外にもその発言の主は、小室哲哉ではなく宇都宮隆だった。
重要な箇所なので該当部分のみスキャンした(緑の線はミツカワによる)







































どうであろう。
2バージョン~発言はミツカワの妄想ではなかった!







しかしそうなると、結局振り出しに戻る。

なぜ誰も "Kiss You のバージョン違い” を知らないのだろうか?
やはりスキャン記事にあるように、
ノリが悪いとガルボアに判断されてしまったのだろうか?


ただ発言主が宇都宮隆ということは、
ひょっとするとこの “2バージョン” というのは編曲の違いではなく
例えば、ダンサー林選との絡みシーンの演出が違う、
という意味だった可能性もありうる。

だが『演奏』という言葉を使っているところを見ると、
やはりダンスやその他の演出の違いではなく、音に現われる違いにも思える。





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なお、この「Kiss You [RHYTHM RED tour ver.]」は商品化に恵まれ、
CD「TMN COLOSSEUM Ⅱ」
DVD「RHYTHM RED LIVE WORLD'S END」ともに収録されている。

しかしこの2つを聴き比べても、テイクは違うが、
特段『バージョン違い』というレベルではない。






さて、これはどう受け止めればよいのだろう?
とりあえず考えつくのは

・ツアー当初は確かに2バージョン演奏していたが、
      いまひとつ反応が悪いため、すぐになくなった。
・ツアー最後まで2バージョン演奏されていた。
      たまたまミツカワのタイミングが悪かっただけ。
・宇都宮隆がテキトーなことをぬかした。





事の顛末をご存知の方は、是非教えていただきたい。





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以上、3つのネタ、いかがだったでしょうか?

自分としてはこういう『実生活の役に立たない』かつ
『人生にとって大切なナニかでもない』記憶って
結構、自信があるんですよね。

実はこれ以外にも、小ネタ未満のネタはまだまだあります。
いずれまた、あらためてエントリーするつもりです。


みなさんも『自分は絶対の自信があるのだがネタ元が思い出せない』
というような話がありましたら、教えてくださいネ!



んじゃ、また。