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2018年3月25日日曜日

ミツカワの・第7回・小ネタ☆スペシャル



実は売れていたのは「Get Wild」ではなく
「Fighting (君のファイティング)」だったんだよ!!

な、なんだってー?!





えー、お久しぶりです。

かつて "意識を失うその瞬間まで喋り続ける男" と呼ばれたミツカワ。
今年(2018年)頭から、シンガーソングライターでボーカル講師などもなさっている
結奈さん「ぎゃおすたじお」にしゃべくり要因として呼んでいただいております

"ひたすらゆるく" がコンセプトだそうですが、
ちゃんと真面目に演奏もしてます
ので楽しんでいただけたらと存じます。(知らん曲ばかりやけどな!!)


お悩み解決編はこちら ⇨ ぎゃおすたじお!8《桜/河口恭吾》



で、動画の中でも触れていますが、
一昨年あたりから菌やウイルス関連で入退院を繰り返すこととなってしまい、
公私ともにスケジュールがガタガタになっております。

本来ならこの「重箱」をしっかり閉じてから自分の音楽活動へと邁進する予定でいましたが、
ご覧のように今田みかん…いや、未だ未完。

これ以上引っ張っているとホントに放置になってしまうので、変則的ではありますが、
当初予定していた小ネタスペシャルを
"書き上がった順に1本ずつ随時アップ" し、
小ネタ3本 × 2本のエントリーにて "重箱のつつき終わり" とさせていただきます。



それもいつになることかわかりませんが、
とにかくまだ『ネット上に書き残しておきたいネタ』はたくさんあるので、
あと少しお付き合いいただければと思います。

m(_ _)m


2018年5月4日 (小ネタ No.07-2)[第3の女] 追加しました。









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(小ネタ No.07-1)
[第4の男]


以前、こちらのエントリーで 1987年11月〜1988年2月に行われた
「Kiss Japan Tour(ホールツアー)」 = 未商品化 未商品化 未商品化 …
の一部の曲において、
ベーシスト日詰昭一郎が手弾きでシンセベースをプレイしたことを採り上げた。
そこから浅倉大介や小室哲哉などのシンセベース・プレイも採り上げたのだが、
手弾きシンセベースといえば、一番レアな人物にまだ触れていなかった




それは誰あろう 宇都宮隆・その人である。




これは 1990年12月〜1991年3月に行われた「RHYTHM RED TMN Tour」でのこと

彼のプレイがツアースタート時点から行われていたかは定かでは無い。
少なくともツアーに先立って行われた公開リハーサル
「The Formation Lap」ではそのような演出はなかった

しかしツアー全40本中9本目にあたる
1990年12月25日 北海道厚生年金会館 2daysの初日には 既に行われている ので、
かなり早い段階から行われていた事は確かだ。
(ただし、それ以降毎回行われていたのかは不明)




彼がシンセベースを弾く曲は
「WORLD'S END」
その長いイントロ部分でのことだ。




細かく見ていこう。

まず、当ツアーにおける本来のシンセベース担当は、ご存知の通り浅倉大介である。
よってシンセベースを弾く=浅倉ブースに入る、ということになるわけだが、
しかしこのツアーでの浅倉ブースは、相変わらずド派手な小室ブースの後ろにあり、
正直言ってあまり目立たない。

それもあってか、残念ながら
"浅倉ブースでシンセベースを演奏する宇都宮隆" の画像などは見つけられなかった。 





しかしツアー途中、状況は一変する。

1991年2月19日 仙台市泉文化創造センター
 = 通称「イズミティ21」公演から演出の一環として、
小室ブースに主がいない時は、
そちらに浅倉大介が移動して弾く ことになった。

とはいえ両ブースの鍵盤(EOS)は単なるコントローラーで、
肝心の音源への接続先はお互いのブースで異なるため、それほど簡単な話ではない
それなりの前準備は必要であり、この設定変更には、
シンクラビア・オペレーターとして参加していた秋葉淳も駆り出されたという。


イズミティ21は4日間も公演が行われる
(因みに「CAROL TOUR」の時は7日間公演!!)にもかかわらず、
ツアー中唯一の "2階席のないホール" だそうで、
客席から浅倉ブースが見えづらいことが予想できたことも、
この変更に関係しているかもしれない。

また、目の前に近づいていたアリーナ公演(大阪・東京・名古屋)の
ステージ規模への対応という側面も考えられる。
(アリーナ公演からセットリストに入った
「RHYTHM RED BEAT BLACK -version 2.0-」のリハーサルもこのあたりから始まっている)






で、問題の「WORLD'S END」

小室哲哉は曲頭からブースを出て、ステージ前方にてオルガンをプレイしている。
ここで空になった小室ブースに浅倉大介が移動してシンセベースを弾くのだが、
ということはつまり、この日からは
宇都宮隆も小室ブースで演奏する ということになる。

先の浅倉ブースと比べてこれはかなり目立ったはずだが、
あまりこの話題に触れる人はいない。
なにしろ代々木体育館に3日間通った (通う羽目になった) ミツカワですら、
『はて、そんなことあったっけ?』と思う程度だ。








     しかしこのウツベース、かなりのレアケースではあるものの、
   実は誰でも確認することができる。







彼の "犯行" が収められているのは DVD「RHYTHM RED LIVE WORLD'S END」
その「 II 」側に収録されている「WORLD'S END」を観てみよう。
最初はイメージ映像が続き、バンドが in してからようやくライブ映像となる。

このライブ映像になった瞬間、カメラは小室哲哉を真ん中に捉えているが、その左後ろ。
ドラムと小室ブースの間に宇都宮隆が腰掛けている。
ここで宇都宮の右手に注目すると、
なんと鍵盤の横?(反対側?)から
シンセベースを演奏しているのだ!

しかも演奏しながらドラムの阿部薫と顔を見合わせ笑っている。


























この部分、静止画では分かりにくいが動画なら一目瞭然だ。
是非、お手元のDVDで確認していただきたい。







ではこの時、浅倉大介はどこで何をしているのか?


カットが変わり、ステージ上手から葛城哲哉&木根尚登のギターコンビを捉えた映像となるが、
ここでも画面奥に小室ブースが映っていて、その様子が分かる。

相変わらず宇都宮隆の右手は鍵盤を抑え、その動きに合わせシンセベースが聴こえてくる。
そのさらに奥に浅倉大介も確認出来るのだが、
彼は曲に合わせ手を叩いているだけで、鍵盤には触れていない。

つまりこの部分のシンセベースは宇都宮隆が弾いているのだ。































さて、いくら演出上の余興とはいえ、しっかりとしたバンド演奏の中で
いきなり宇都宮隆が鍵盤をプレイ出来るのか?
という疑問を持つ方もいらっしゃるだろう。

タネを明かすと、この「WORLD'S END」イントロ部分はコードが動かない、
いわゆる一発コードなのである。
なので演奏とは言っても宇都宮隆が実際に弾いている鍵盤はただひとつ。
同じ鍵盤を延々と叩いているだけ なのだ。
映像を見ているとコードが動き出す瞬間から、浅倉大介にバトンタッチしている。

ひとつの鍵盤を叩くだけなら経験者でなくとも可能だろう。
とはいえ リズム感は必要 なわけで "演奏" であることにはかわりない。











なお、当時 Epic Sony が製作していたTV番組「eZ」では、
1991年3月と5月に、それぞれ仙台公演と東京公演の模様を一部放送している。
収録会場が異なるにもかかわらず、
その両方とも「WORLD'S END」を採りあげているのが面白い。

この内、仙台公演の「WORLD'S END」は長らく商品化されていなかったが、
現在では DVD「TM NETWORK THE MOVIE 1984~」の
ボーナストラックとして収録されている。
TV放映時に被っていた告知テロップなどが外され、さらに見やすくなっており、
むしろこれのために購入しても良いだろう。




問題は、もうひとつの東京公演の方だ。
(こちらは未だ、未商品化)



代々木公演ということで、
DVD「RHYTHM RED LIVE WORLD'S END」の「 II 」側と同内容と思いきや、
TV放映版はDVDのようなイメージ映像が被らず、
純粋なライブ映像となっている。
そのため僅かではあるがDVDでは分からない部分を確認することができる



























そこでは小室哲哉のオルガン独奏時には舞台からはけていた宇都宮隆が、
バンド演奏スタートとともに上手側から登場し、小室ブースに向かう様子が捉えられている。






























余談だが、このTV放映版では葛城哲哉が
自身の弾くギターフレーズに合わせ表情を作る様子が捉えられていて、
これが非常にかっこいい。
ミツカワ的には全 RHYTHM RED 映像の中で、これこそがベストショットだと思っている。



















































やはりライブ映像は変にイメージ映像などを加えず、そのまま商品化してもらいたいものだ。
まぁこれを言ってしまうと TMのビデオ全否定 になっちゃうんですけどね…。






どちらにせよ、宇都宮隆がシンセベースを弾くというのはかなりのレアケースである。
さらに彼はご存知の通り、その後のEXPOツアーでは弦のベースを弾いているわけで、
つまり TM のステージで弦のベースとシンセベース、両方をプレイしたことがあるのは
日詰昭一郎と宇都宮隆だけということになるのだ!?









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(小ネタ No.07-2)
[第3の女]



さて、ここではキャロルを数える。
キャロルを演じた役者は何人いるのか?というネタ。
なお、ここでは30周年での "後付け" や、アニメーションなど 増殖後 は考えない。
採り上げるのはあくまで1988年、
アルバム「CAROL」発売前後のTMライブでキャロルを演じた役者 に絞る。



となると、賢明なファンの方々には簡単な話だろう。
一緒に数えていこう。




まず パニーラ・ダルストランド (Irma Pernilla Dahlstrand)






















彼女は説明不要だろう。
長期に渡った「CAROL TOUR」〜「CAMP FANKS!! '89」まで、
キャロル役をひとりで演じ切った "本家本元キャロル" だ。






次に パメラ・レニイ・アルトフ (Pamela Lynn Altoff)































「CAROL TOUR」に半年先立ち行われた、TM初の東京ドーム公演
「STARCAMP TOKYO」での「CAROL」予告編にて
キャロルを演じた "初代キャロル" である。

先のパニーラとは異なり、彼女はここから最後まで出ずっぱりで、
歌にダンスにと大活躍 だった。























ミツカワの「STARCAMP TOKYO」の記憶は 大雨と、このパメラ だ。



因みに TMのコンサートで
キーボードを弾いた女性は彼女だけ である。


          (当て振りくさいが)





            以上!結論は2名でした。














ちょっと待ったーーーーーーっ!!


皆さん、もう1人お忘れではないですか?
それがこの、、、この、、、

 あれ? 名前が分からない?!

えーっと、とにかく
「CAROL TOUR」の
 オープニングフィルムに登場する彼女 である。
























どう見てもパニーラじゃない。
どちらかといえばパメラに似ているが、でもやっぱり パメラでもない (よね?)





         じゃあ、誰?





この人物、1988年末に放送されたエピックソニー制作のテレビプログラム
「eZ 4DAYS」で披露された「COME ON EVERYBODY」の導入部にも登場している。
 (DVD「DECADE」では該当部分はカットされ、いきなり演奏部分から始まる)

「eZ」内で顔は映らないが 衣装や髪型、背景のセットが同じ ことから、
同一人物と見て間違いなかろう。

























































ツアーのオープニングフィルムにクレジットはないため、彼女が何者か解らない。




そもそも腑に落ちないのは、
何故、ツアーのオープニングフィルムに
パニーラを起用しなかったのか? ということだ。

特に「CAMP FANKS!! '89」においては、幕が開いた途端、
先程の 大写しになっていた人物とは別人が出てきてキャロルを名乗る のは
なんとも釈然としなかった 覚えがある。




もっとも件の女性が キャロル (キャロル役) ではない という可能性も無くはないが、
だったら余計にコンサートのオープニングで主役扱いされていた
あんたはいったい誰なんだ?! ということになる。

というわけで、この3人目の女性についてご存知の方は情報をお寄せください。








おまけ
TBSの神津アナはキャロルを名乗ったわけではないのでノーカウント。


































誰もカウントしないか…。







See you next 小ネタ.






2014年10月12日日曜日

Thank you FANKS / ミツカワは救われた!

こんにちは
地獄帰りの男、ミツカワです。

前回から間が来ましたが、決してサボっていたわけではありません。
むしろ今まで以上にTM漬けの日々でした。

その証に今回は2月以来の
二夜連続更新とさせていただきます。






いやまさにそれは地獄でした
名付けて『RHYTHM RED TOUR 地獄』です。

『なにその RHYTHM RED TOUR 地獄って? 楽しそう ♪─(≧∇≦)─♪』と思ったあなた。







     馬鹿野郎ー!死にたいのかっ!?







『命を粗末にする愚か者。ふふふ…あなた、まだ子供ですね』
とクイーン・エメラルダス様から、ありがたい御言葉を賜るに至って
この重箱Blogも、ついに宇宙規模かと感慨深いミツカワです。



…えーっと、いつも以上にワケのわからない話になっていますが、
羽目を外して大先生に目を付けられないうちに本題に入ります。








今回の趣旨は一言で申しまして、皆様への感謝 であります。

2014年6月にエントリーした救済企画 / お願い、ミツカワを助けて!に対しては、
本当に多くの方々から情報や励まし(?)をいただき
誠にありがとうございました。

今回は皆様から頂いた種々の情報のまとめであります。



え? ただそれだけのことなのに、何でこんなに時間がかかったのかって?
ふふふ、あなたも覗いてみますか? 地獄の釜の中を…。

というわけで、今回のエントリーは以前のエントリーと対になっています。
まだの方はコチラからお読みください。






というわけで早速スタート!
まずはこの件。






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[「1987年12月7日 Kiss Japan Tour 宮崎公演」にて
 アコースティックピアノの音は鳴り響いたのか?]



コメント欄より GAUZE さんから
当時、八曜社から発行された「Kiss Japan Tour Memorial」に
その旨、記載があるとの情報をいただきました。


































この本、ミツカワは実家に置いたままになっていて、すぐには確認できなかったのですが、
夏に帰省した際、持ち帰ってきました。
確認したところ、確かに GAUZE さんのおっしゃるように書かれています。




























御覧のとおり、ステージの大きさの問題から
アコースティックピアノは使えなかったようです。

また『念入りにチェックを行なう』とあることから、
やはり通常とは違う形式で行われたことがうかがえます。



しかし残念ながら、この短い文章から読み取れるのはここまで。
実際にどういう手段でこの事態を乗り切ったのかは分かりません。

もしこの「1987年12月7日 Kiss Japan Tour 宮崎公演」を
実際にご覧になった方がいらっしゃいましたら
是非、お教え下さい。





今回情報をいただいた GAUZE さんには、感謝の気持ちを込めて
『4.5☆ライーダ』を差し上げます。









『5☆ライーダ』集めると音が盗まれます。
がんばってください。







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[「1989年7月17日 CAROL TOUR 鹿児島公演 2日目」にて
 TM史上・唯一の、ウインドシンセ演奏が披露された?]



前回行った問いかけのうち、一番無理筋な問いかけであり、
正直に言って、先のエントリーを書いた時は、
『これは迷宮入りだろうなぁ』と思っていたのですが、
なんとコメント欄に
「1989年7月17日 CAROL TOUR 鹿児島公演 2日目」に行かれたという
そのものズバリの方 が名乗り出てくださいました。



実際にこの鹿児島2日目の公演を御覧になった yasuto さんによると、
「確かに木根尚登が笛のような形の楽器を吹いていた」とのこと。
さらに後日、地元の十字屋にてその笛のような楽器が、
WX7だったことを確認をされたそうです。(スゴイ!)























まさかここまでドンピシャな情報をいただけるとは、ミツカワ感激です!
yasuto さん、本当にありがとうございました。






また、yasuto さんは日付けだけでなく、
鹿児島公演2日目が月曜日だったということも憶えてらっしゃいました。
こちらで確認したところ、確かに1989年7月17日は月曜日でした。

この話から『2日間の連日公演が日曜日と月曜日』という珍しい曜日設定に興味が湧き
他の公演日も調べてみたのですが、
宇都宮隆の怪我による、延期・代替公演となった6月以降は、
どこも曜日に限らず、公演スケジュールが無茶苦茶 です。
やはり突然の大量延期後、なんとか埋め合わせで会場を押さえた事が伺えます。



例えば

・新潟県民会館 3月30・31日の予定が → 6月12日・29日
・大阪フェスティバルホール 4月11・12日の予定が → 6月19日・8月8日

など、元の予定なら一度セットを組めば済んだ連日公演が
モノの見事にバラバラになってしまっています。

そのたびにセットをバラし、別会場へ運搬・設営
(上の例なら 新潟→大阪→新潟)する手間などを考えると
その労力、及び諸経費は
当初の目論見を大きく外れた ものとなったことは想像に難くありません。





また我々は「CAROL TOUR」を『88年12月~89年8月』と一括してとらえがちですが
5月2日の長崎公演から6月12日の新潟公演の間は1ヶ月以上空いており、
また、6月は3公演しかありません

この間、メンバー・スタッフ共、
テンションを保つのは本当に大変 だったと思います。








さて、一番の難問だと思われたこのWX7問題。
yasuto さんのおかげで、あっさりと解決したようにも思えますが、
ミツカワ個人としては、もうひとつのモヤモヤが解消されていません。



鹿児島に全く縁のないミツカワが、なんでこんなことを知っていたのか?



当時あしげく通っていた渋谷道玄坂のYAMAHAで聞いたのか?
とも思ったのですが、やはりそんな記憶はありません。

もし、この件が雑誌のレポート等に掲載されていたのを御存知の方は、
ぜひお教えください。

よろしくお願いいたします。







       yasuto さんには感謝をこめて、看板娘のサービスショットを。

































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さて問題は次です。


[「RHYTHM RED TMN TOUR」開始時に予告された
「Kiss you」"タイプB" とはなんだったのか?]


これに関しては次のエントリーにまとめてありますが
この項目、長くなりますので先にお礼を言わせていただきます。
タクタウ さん
さとし さん
情報提供、ほんとうにありがとうございました。
また匿名による情報提供もたくさんいただきました。
改めて感謝申し上げます。





ですが、ここから先は 地獄の一丁目 です。
心臓の悪い方、妊娠中の方にはオススメできません。
あしからず。









          ・・・・・









…へっ、命知らずの野郎ばかり残ったようだな。
みんな、いい面構えしてやがるぜ。
じゃあ、いくぜ! ついてきなっ!



♫〜これまでのあらすじ

「RHYTHM RED TMN TOUR」開始時に発売された本の中で
宇都宮隆が「Kiss you」を2タイプ用意して日替わりで演奏するよ!
と宣言していました。
(これにすっかり翻弄されたミツカワのザマは、こちらのエントリーで…)

しかし実際に行なわれたツアーでは、タイプ違いと呼べるほどの演奏は確認出来ません。
いったい「Kiss you」"タイプB" とはなんだったのか?



これに対しコメント欄に タクタウ さんから
「1990年12月23日 名古屋センチュリーホール公演 4日目」の
「Kiss you」後半部がいつもと様子が違う
これが "タイプB" ではないか?との情報が寄せられました。

それに対し間髪入れず さとし さんから、
藤井徹貫氏によるツアードキュメント本
「TMN "RHYTHM RED" TOUR DOCUMENT」
当該ページに "タイプB” との表記があります。
と畳み掛けるような情報が!
ミツカワの胸は踊りました。



ではいよいよ「Kiss you」"Bタイプ" とは何か?
いつどこで演奏されたのか?

…という話に行く前に一言。









     こ・こ・か・ら・が・地・獄・だ









当時より藤井徹貫氏の文章が苦手だったため、
この四半世紀、氏の文章は避けて生きてきたミツカワですが
さすがにここまで具体的な情報をいただきながら、読まないわけにはいかない。

というわけで、とてつもなく今更ですが徹貫氏に敬意を込めて
「TMN “EXPO" ストーリー」上下巻と3冊合わせ、一気に購入いたしました。





























早速「TMN "RHYTHM RED" TOUR DOCUMENT」の方から読み始めたのですが、
問題はここから。(以下、ページ等は全て大判本 初版)






♫〜♫〜♫〜

数ページ進んでから気づいたのです。
この本、結構時系列が交錯している…と。

中にはかなりのロングパスもあり、
例えば、2月27日大阪公演の項になって、1月26日松山公演の出来事が書かれていたりします。
そのためボーッと読んでいると、
あっという間に前後関係がこんがらがってしまいます。


『2014年の今になって、この本を舐め回すように読もうとする奴なんて俺だけだよなぁ』
との思いもあり、一旦読むの止め、
1公演ずつ順番に、時系列を整え直した表形式 にまとめることにしました。








        これが…その…えーっと…やめときゃよかった(号泣)








「~ DOCUMENT」という言葉から受ける資料的な印象とは裏腹に
曖昧な表現 が次から次へとミツカワに襲いかかります。

例えば、前振りなく突然『~は、この日も行われた』と書かれている場合、
では、いつから行われていたのか? 他に行われた日はいつなのか? 判りません。

読み物として楽しんでいる分には気にならないものの、
資料としてリスト化しようとすると、
あっという間に頭を抱える事態 になってしまいました。




さらに情報の中身についても 事実誤認を疑われる点 が散見され、
その確認、整理にはかなり手こずりました。


たとえば、12月11日新潟公演2日目の項目 (p.21) において、
前日の演奏時間が長大になったため、アンコール・ラストに演奏されていた
「GOOD MORNING YESTERDAY」をカット。
その結果「THE POINT OF LOVERS' NIGHT」がアンコール・ラストになった
と書かれていますが、ミツカワの調べた限りもともと新潟公演初日から
アンコール・ラストは「THE POINT OF LOVERS' NIGHT」でした。




また “午前十二時“ “午前十二時四十五分“ といった、あまり馴染みのない表現も…。
この表現、使うにしても普通は昼間のことを指すと思うのですが、 
文中では深夜の表現として使われています。








♫〜♫〜♫〜

さて、はじめに氏の文章が苦手と書きましたが、
実際に読み始めると、それ以上に頭を悩ませたことがあります。
ミツカワの購入したのは初版本だったのですが、そのせいでしょうか?
あまりにも誤字脱字が多い。



   ↓ たったこれだけのスペースに、
4箇所も誤植があるってどういうことだよ?!








































RHYTHM RED TOUR → RHITHM RED TOUR (p.97) とか
→ 小 (p.173) とかは
まだ本来の意味が推測できる分、不問といたしますが
(それでも主役を間違えるのはひどいと思いますが 
 “数字" や "てにをは" の誤植に至っては、それが誤植なのかどうかも判断がつきません。

日付の場合は前後関係から気付くこともあるのですが
 (例 p.150/2月17日と19日の間の移動日が20日と記載されている) 
助詞が誤植だった場合は、よっぽど変な表現でない限り お手上げ です。


それこそ『Aさん "に" 言った』と『Aさん "が" 言った』など、
場合によっては意味が正反対になってしまうこともあるわけで、
これが先の曖昧表現や事実誤認と組み合わさると
あっという間に足元が揺らぎ、
ミツカワは 疑心暗鬼という名の底なし沼 で、もがき苦しむ事態となりました。



  (注)全然関係ない話で恐縮ですが、2006年1月15日に放送された
     「仮面ライダー響鬼・四十七之巻」のOPにて、
     主役の細川茂樹氏をクレジットし忘れる、という放送事故を思い出しました。
     (当然、DVDでは修正されています)







ちなみに番外編としてこんなのもありました。
とりあえず、ざっと書いて後で埋めようと思いつつ、
そのまま印刷にまわってしまったんでしょうね。














































♫〜♫〜♫〜

前回から更新が滞った理由は、全てここにあります。
このリスト化作業、実は 2回挫折しました。


しかし、この本を読み切らないと「Kiss you」"タイプB" に関するまとめは出来ず、
情報をいただいておきながら、お礼のエントリーも出来ない。
それだけは許されない。
立てっ!立つんだっ ミツカワ!!

この一念で(もうほとんど意地でしたが)やり遂げました!!





しかし、最大の試練は完成後に訪れる のです。


その試練とは ↓ これ。

苦労してやり終えたのに、
その成果をお見せするわけにいかない。



いくら再構築したからといって、情報の中身は藤井氏の著作物ですので
ネット上に公開するわけにいきません。
こんなに苦労したのに誰にも見せられないなんて…ウウぅぅ。・゜・(ノД`)・゜・。

(チラっとさわりだけ。これ以外にも別表が2枚あります)
クリックで大きくなります。















というわけで、ここまで完全に 自業自得によるグチ であり、
お付き合いいただいた方々、大変失礼いたしました。

しかしわずかではありますが、非常に重要な情報も得られました。
これは現在進行中の「コロシアムを暴け!」などの企画を通して
必ず皆様のお役に立つ日が来る!と信じております。







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というわけで、次のエントリーはいよいよ
「RHYTHM RED TMN TOUR」における
「Kiss you」"タイプB” とはなんだったのか?のレポートです。

先のドキュメント本には全くふれられていない
もうひとつの "タイプB”
も紹介いたしますのでお楽しみに。


んじゃ、To be continued !







2014年6月25日水曜日

救済企画 / お願い、ミツカワを助けて!

こんにちは!
前回より少し間が空いてしまいました。
お久しぶりです、ミツカワです。



    …ガチャッ



あ、今の音は気にしないで…。



えー、さて今回のテーマは
みんなの力でミツカワを助けよう!
という一大救済企画なわけです!!







って、オーイ
  待って待って、待って~
みんな、どこに行くポコーっ!?行くポコーっ!? 行くポコーっ!?






              ・・・。






クックックック…。



この部屋のドアは全て、冒頭でカギをかけたポコ。
もう誰も、読み終わるまで一歩もこの部屋から出さないポコ。

では、張り切っていくポコ!






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さて今回のネタは、もともと小ネタスペシャル用にリストアップしていたもの。
しかし、いざエントリー化しようとしても、
その根拠がはっきり思い出せず、今に至るまで放置してあったものです。

ただ読んでもらえば、お分りいただけると思うのですが、
妄想にしては、やけにディテールが細かい。



よって自分としてはかなり自信のあるネタなのですが、
このままではラチがあかないので
いっその事、この場を使い
『 FANKS公開捜査!』とさせていただく次第です。



今回のエントリーを読んで

1)当時その場にいて、実際に観た、聴いた。
2)自分は見聞きしていないが、そういう話は
 (雑誌等で)読んだり(ラジオなどで)聞いたりしたことがある。
3)噂だけなら聞いたことがある。

という方がいらっしゃれば、いずれの場合でも結構ですので、
コメント欄や Twitter でお教えいただけたらと存じます。



お願い、ミツカワを助けて!





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助けて☆その1
[お客様の中に「Kiss Japan tour 宮崎公演」に
 行かれた方はいらっしゃいませんか?]





まずはこちらをご覧いただこう。


01 Self Control
02 Children of the New Century
03 Maria Club
04 Fallin' Angel
05 TIME ~ Girl
06 This Night
07 Telephone Line
08 Leprechaun Christmas
09 Don't Let Me Cry
10 Kiss you
11 Resistance
12 You Can Dance
13 Be Together
14 RAINBOW RAINBOW
15 Get Wild
16 Come on Let's Dance
17 Dragon The Festival
18 Human System


これは1987年~88年にかけて行われた
「Kiss Japan tour」のツアー前半における標準的なセットリストだ。
ここでは M05「TIME ~ Girl」~ M09「Don't Let Me Cry」までの間に
注目していただきたい。




「Kiss Japan tour」ではこのM05~M09の間、
ステージ中央にアコースティックピアノが運び込まれ、
小室哲哉・木根尚登がそれぞれ演奏し、なかなかの存在感を発揮していた。

このM05~M09部分はツアー途中で「Girl」「Leprechaun Christmas」が消え
変わって「クリストファー」「Come Back To Asia」が入るなど、
かなり曲の入れ替えがあるのだが、
アコースティックピアノが活躍する点は同じだ。



「Kiss Japan tour」にてピアノを弾く木根尚登




























特に注目すべきは木根尚登がピアノを担当した M09「Don't Let Me Cry」だ。
この曲はツアー開始前、このツアーの目玉アレンジと小室哲哉が語っていた。

イントロから1番終わりまで、まるまるピアノを中心としたバラード。
2番は原曲どおりのバンド演奏となるが、2番の終わりとともに再び原曲を離れ、
各メンバーのソロ回しを中心とした大プログレ・インスト大会となる。






さて、ここからが本題。






ところがである。
1987年12月7日 に行われた宮崎公演では、会場となった宮崎市民会館のスペースの都合で
アコースティックピアノが設置出来なかったそうなのだ。
(これが舞台自体の大きさか、あるいは搬入経路の問題かは不明)



「TIME ~ Girl」など、小室哲哉がピアノを担当していた曲は、
シンセサイザーで代用すれば、最低限まだ何とかなるだろう。
問題は木根尚登がアコースティックピアノを担当していた曲を
どうやって乗り切ったのか?である。

先の「Don't Let Me Cry」の場合、
特にエンディングのプログレッシブ展開の所では毎回
「松本孝弘ギターソロ」→「木根尚登のピアノソロ」→「小室哲哉のオルガンソロ」
とソロ回しをしており
このツアーにおける演奏面の山場となっていた。

かなりの見所であるが、
これはピアノがないとどうしようもない。





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実はこれと似たような状況が1991年末にあった。

この時期、TMはアルバム「EXPO」をひっさげて
「TOUR TMN EXPO」(以下「EXPO tour」)を敢行していた。

この「EXPO tour」も「Kiss Japan tour」と同じように一切商品化されていないため
その実像が見えにくくなっているが、多くの曲で
木根尚登によるピアノプレイがフィーチャーされていた。
つまり曲によっては小室哲哉・木根尚登・浅倉大介の3キーボード編成(!)だったわけだ。

また見方によっては、ヴォーカル+ツインキーボードという、
ある意味、TMの原点が垣間見えるツアーだった。


しかし商品化されている「EXPO ARENA tour」では、
この要素がかなり削られてしまい、
木根尚登のピアノプレイを見ることができるのは
「Jean Was Lonely」1曲だけとなっている。
(「月はピアノに誘われて」はバンド編成ではないので…)





しかしここで問題とするのは「EXPO ARENA tour」ではなく、
「EXPO tour」期間中に幕張メッセで2日間行われたイベントライブ
NECパソコンフェア・スーパーライブ「TMN WILD HEAVEN」である。


この「TMN WILD HEAVEN」では舞台スペースの都合か、
あるいは「EXPO tour」との差別化のためか
木根尚登ブースにピアノが置かれていない。

そのため「EXPO tour」では、木根尚登がピアノを担当していた
「大地の物語」「We Love The Earth」の2曲は
小室哲哉がシンセで代用している。

















      まるで差し押さえにあったように木根ブースはスッカラカン。






本来なら木根尚登がピアノでベーシックな部分を担当し、
その上に小室哲哉が装飾的なフレーズやSEなどをシンセ&ターンテーブルで被せる。
といったアンサンブルだったのが、小室哲哉が
1人で2人分を担当することになったわけだ。



当然、抜け落ちる音が出てくる。




この時の小室哲哉の演奏を、映像で確認すると
例えば「大地の物語」サビ直前で入るヒューン⤴と言うSEを入れるだけで大忙しに見える。


また曲のアレンジは「EXPO tour」と同じものの、木根尚登と小室哲哉では
ピアノの手癖が全然違うため、
曲の印象も変わってしまう。
特にピアノの独奏で〆る「We Love The Earth」のエンディング部分はそれが顕著だ。




この件はいずれ改めてエントリーするつもりだが、
「EXPO tour」初期から中期における木根尚登のピアノの存在感は、
他では見られないものである。
特に「あの夏を忘れない」「We Love The Earth」の2曲では
水を得た魚のように弾きまくっていて、音の面においても
小室哲哉の派手な存在感に引けをとらない。


「TMN WILD HEAVEN」は当時、WOWOWで放送され、
またその一部がCD「TMN GROOVE GEAR 3」にも収録されているが、
少なくとも「大地の物語」「We Love The Earth」に関しては
「EXPO tour」の代用とはならないのだ。







さて「Kiss Japan tour」の話に戻るが、
このようにセットリストが同じでも、楽器編成が変われば
演奏内容はかなり変質せざるを得ない。

例に挙げた「TMN WILD HEAVEN」のように
サポートキーボーディストがいるわけでもないので、
このような緊急事態に採りうる策も限られる。
思い切って曲のカットや差し替えなど、セットリスト自体を弄ることもあるだろう。



はたして1987年12月7日、宮崎市民会館にアコースティックピアノは設置できたのか?
出来なかった場合、どのようにしてその場を凌いだのだろうか?


情報、お待ちしております。





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助けて☆その2
[お客様の中に「CAROL tour 鹿児島公演2日目」
  行かれた方はいらっしゃいませんか?]




TM ファンには御馴染みの、木根尚登によるハーモニカ演奏。
88年12月~89年8月までのロングツアーとなった「CAROL tour」でも披露された。

演奏されたのは3部形式のコンサート中、第1部での「Still Love Her」
しかしこの曲はツアーの終盤、季節が夏に向かう中
「Winter Comes Around」と共にセットリストから消える。

変わってセットリストに加わったのは
「8月の長い夜」と「CONFESSION (Dress Ver.)」
木根尚登のハーモニカ演奏は、これ以降「8月の長い夜」で披露される事になった。






ここまでは、はっきりとした話。






問題はここからだ。


実はこのハーモニカ演奏。
64公演にもおよぶ長い長い「CAROL tour」の内、一公演のみ行われなかったという。

それが先に掲げた鹿児島公演2daysの2日目。
1989年7月17日 鹿児島市民文化第一ホール
だというのだ。




ではその日、木根尚登は何をしたのか?
なんとYAMAHAの Wind MIDI Controller『WX7』を吹いたらしい!























ちなみに、同ツアー第2部のミュージカルパートで木根尚登が宙吊りになるシーンでは
同じくYAMAHAの新製品(当時)だった
Guitar 型の MIDI Controller『G10』を抱えている
(あくまで抱えているだけ)


























当時の YAMAHA との契約関係を考えると
この『WX7』の話もありえないとも言い切れない。




ただこの演出は、結局この日のみとなり、
次の公演である 7月20日 沖縄市民会館からは、元のハーモニカ演奏に戻ったようだ。

演奏がしっくりこなかったか、
あるいは演出上、パッとしなかったのか。



結果として
『1989年7月17日 鹿児島市民文化第一ホール』の公演を観た、2000にも満たない人達は
TM の歴史の中でも唯一の
ウインドシンセ演奏を目撃 したこととなる。




はたしてこれはミツカワの妄想に過ぎないのだろうか?
情報、お待ちしております。





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助けて☆その3
[お客様の中に『RHYTHM RED tour』の「Kiss You」を
2バージョンお聴きになった方はいらっしゃいませんか?]





1990年冬から1991年春にかけて行われた『RHYTHM RED TMN tour』
ミツカワは、91年3月に行われた国立代々木競技場 第一体育館 公演に出かけた。
代々木体育館でのスケジュールは次の全4公演



・3月6日  - 国立代々木競技場 第一体育館
・3月7日  - 国立代々木競技場 第一体育館
・3月9日  - 国立代々木競技場 第一体育館
・3月10日   - 国立代々木競技場 第一体育館



しつこく書かかないと信じてもらえないので、今回も書いておくが
そこまで熱心なファンでは無い ミツカワは
当初この4公演の内、1公演だけ行けばいいかなと思っていた。

アルバム「RHYTHM RED」発売が10月なのに、
それを受けてのライブが年を越した3月、ということに、
やや気分が削がれていたというのもある。




しかし結果はこの代々木全4公演中、3公演も観ることになった。




       なぜか?




それはツアー開始直前に、メンバーからこのような発言があったからだ。
『今回は「Kiss You」を2バージョン用意して、会場のノリに合わせて演奏を変える。
 だから最低2回は観ないと分らないですよね(ニヤリ)』



以前も触れたが「Kiss You」と聞いては、心穏やかでいられないミツカワ。
この時点で2回観に行くことは決定した。

もちろんその2回でそれぞれのバージョンを聴けるとは限らない。
ひとつの賭けである。

ただ代々木公演だけで4日間もあるのだから、その中で
2回ずつ、それぞれのバージョンを演奏するんだろうな…とは思っていた。





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さて時が過ぎ、3月がやってきた。
ミツカワが手に入れたチケットは初日と2日目だった。

初日は全てが初体験のため、バージョン違いもクソもない。
問題は2日目だ。

初日とは違う変な高揚感と緊張感に包まれて、代々木へと向かうミツカワ。
スタートする代々木公演2日目。



しかし残念ながら、そこで披露されたのは初日と大差のない演奏であった。
ミツカワは自分の注意力が足りず、その違いを聴き落としたのかとも思った。

しかし、そもそもこのツアーは生演奏主体のため、
毎日多少の違いが出て当然 である。
その前提のうえで、あれほどはっきりと "2バージョン" と言ったのだから、
それは些細な違いではないはずだ。



日にちの選択が悪かったか…。
ライブ自体は2回も観れたので満足したものの、
「Kiss You」のことだけは悔やまれて、頭から離れなかった。




Kiss You @ RHYTHM RED TMN tour






























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それから2日が過ぎ、3月10日。
その日は代々木公演最終日である。

悔やんでも仕方がない。チケットは使い切った。
お金もそう有るわけでもないし(というか全く無い)
…と、半ば自分自身を説得していたその時だ。



夕暮れ時、たまたま通りがかった新宿のチケット屋。
店頭のショーケースにこれ見よがしに
『RHYTHM RED tour』当日分のチケットが置いてある!

時計を見ると開演まで30分を切っていた。
そのせいかチケットも値引きされている。
この値段なら(数日飯を抜けば)買える!




ミツカワの "Kiss You スイッチ” が入った。
これはTMNをに行くのではない。
「Kiss You」幻の別バーションを観に行くのだ!



チケット握り締めそのまま電車に飛び乗り、新宿から代々木体育館へ。
会場に駆け込むと既に客席の照明は落とされ、
エキゾーストノイズのSEで満たされていた。


ついに始まる代々木最終公演。
ミツカワにとってもラストチャンスだ。








     だが…、





       だが、しかし…








結局、ミツカワに「Kiss You の女神」は微笑まなかった。
その日演奏されたのも先の二日間と同じ(に聴こえる)「Kiss You」だった。






             〜深い沈黙〜






さて、こうなると気になるのは一日だけ行かなかった『3月9日』だ。
ひょっとして4公演中、自分が行かなかった
3月9日だけ別バージョンを披露したのではないか?



ミツカワは疑心暗鬼にとらわれ、半ばトラウマのように
この二十数年間、胸に抱えてきたのである。





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そして時は過ぎ、世は21世紀。
ここに新たな展開が待ち構えていた。


おかげさまでこのBlogを通じ、多くのFANKSの方達と交流する機会を得たミツカワ。
これまでTMの話をする仲間に恵まれなかったミツカワにとって、
初めてガチな語り合いが出来る環境となった!



のだが…



会う人、会う人、誰とこの話をしても反応がない。
そもそも『「Kiss You」を2バージョン~』と言う
メンバーの発言自体、誰も聞いたことが無いというのだ。



はじめから何もかもミツカワの妄想に過ぎなかったのか…。
アイデンティティ喪失の危機に立ち、動揺するミツカワ。



しかし、しかしである!
他のことならともかく、これは「Kiss You」に関わることだ。
「Kiss You」に関することだけは、
常にクラスでもトップの成績だったミツカワ。
絶対の自信があった。





しかしそれを証明するには、まずメンバー発言のネタ元を明らかにしなくてはならない。
そのネタ元が何だったのか全く思い出せないのだ。
文字情報(雑誌等)だったのか、音声情報(ラジオ等)だったのかすらはっきりしない。



この出来事が、世紀をまたいで再びミツカワの "Kiss You スイッチ” をオンにした。
別のエントリーのため資料を漁っていても、
常に目は「Kiss You」の7文字を追う日々が続いた。




そしてまた、月日は流れる。




ミツカワの確信は揺らぎないものではあったが、さすがに焦りを感じはじめたある日。
ついに、ついにそのネタ元を見つけた!


ネタ元は『RHYTHM RED tour』開始と同時期に発行されたこの本である!
お持ちの方は27ページをご覧いただきたい。







































意外にもその発言の主は、小室哲哉ではなく宇都宮隆だった。
重要な箇所なので該当部分のみスキャンした(緑の線はミツカワによる)







































どうであろう。
2バージョン~発言はミツカワの妄想ではなかった!







しかしそうなると、結局振り出しに戻る。

なぜ誰も "Kiss You のバージョン違い” を知らないのだろうか?
やはりスキャン記事にあるように、
ノリが悪いとガルボアに判断されてしまったのだろうか?


ただ発言主が宇都宮隆ということは、
ひょっとするとこの “2バージョン” というのは編曲の違いではなく
例えば、ダンサー林選との絡みシーンの演出が違う、
という意味だった可能性もありうる。

だが『演奏』という言葉を使っているところを見ると、
やはりダンスやその他の演出の違いではなく、音に現われる違いにも思える。





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なお、この「Kiss You [RHYTHM RED tour ver.]」は商品化に恵まれ、
CD「TMN COLOSSEUM Ⅱ」
DVD「RHYTHM RED LIVE WORLD'S END」ともに収録されている。

しかしこの2つを聴き比べても、テイクは違うが、
特段『バージョン違い』というレベルではない。






さて、これはどう受け止めればよいのだろう?
とりあえず考えつくのは

・ツアー当初は確かに2バージョン演奏していたが、
      いまひとつ反応が悪いため、すぐになくなった。
・ツアー最後まで2バージョン演奏されていた。
      たまたまミツカワのタイミングが悪かっただけ。
・宇都宮隆がテキトーなことをぬかした。





事の顛末をご存知の方は、是非教えていただきたい。





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以上、3つのネタ、いかがだったでしょうか?

自分としてはこういう『実生活の役に立たない』かつ
『人生にとって大切なナニかでもない』記憶って
結構、自信があるんですよね。

実はこれ以外にも、小ネタ未満のネタはまだまだあります。
いずれまた、あらためてエントリーするつもりです。


みなさんも『自分は絶対の自信があるのだがネタ元が思い出せない』
というような話がありましたら、教えてくださいネ!



んじゃ、また。