2014年12月30日火曜日

祝!30th【小泉洋氏インタビュー / その1】- あとがきと補足

こちらは【小泉洋氏インタビュー / その1】の補足説明となります。
まずはインタビュー本文から御読み下さい。


【小泉洋氏インタビュー / その1】
  いかがだったでしょうか。


今まで耳にしてきたTMメンバーの昔話。
実はその傍らにちょくちょく小泉氏がいたということが、お分かり頂けたと思います。


また夢を追う4人の若者が、かなり土俵際に追い詰められていた、
ということも生々しく伝わってきました。

近年のインタビューで小室氏が、「あの頃、木根さんは(自分がリーダーだった
スピード・ウェイが行き詰まって)弱っていた」と答えていました。

華々しいデビュー時のビジュアルの裏側で、泥臭い、汗臭い若者たちの悪戦苦闘があった、
というのは、次回以降の内容をみるときも頭の片隅にとどめておくべきでしょう。







良い音楽を作る! ただそれだけ。


今まで我々は、小泉氏の肩書を
『コンピュータープログラマー・シンセサイザーオペレーター』
と一括りに捉えてきましたが、
ご本人によると、デビューまでの経歴はあくまでギタリストであり
コンピューターは多少、それまでの積み重ねがあったものの、
シンセサイザーのオペレートに関しては、ほとんどアマチュア同然だったとのこと!

そこから20年以上のキャリアが始まり、数々のヒット曲に関わるようになるのですから、
人生とは分らないものです。

そもそも自分のやっていることが "コンピュータープログラマー" だとか
"シンセサイザーオペレーター" という名の職業だとは、後になって知った話だそう。
この件に関しては、また別の側面も見え隠れするのですが、それはまた次回以降に。


また、御本人としては TM NETWORK での活動に関して、
そのような(コンピュータープログラマー・シンセサイザーオペレーター)意識では
参加されてなかったとのこと。

小泉さんいわく
「だからメロディーだろうと歌詞だろうと口を出してたよ。
 あくまで "4人で良い音楽を作る!" ただそれだけに集中していた」そうで、
メンバーもそれが当たり前と受け止めていたことは、前回のエントリーからも伺えます。







♫「1974」のデモテープについて


インタビュー中にもチラっと出てきましたが、
この件に関して小泉氏の記憶ははっきりしており、
これは次回詳しくふれる内容とも完全にリンクしていることから、
打ち込みバージョンのデモが存在したのは間違いないようです。


しかし一方で、木根尚登氏の「電気じかけの予言者たち」に書かれている、
TR−808・KORG Polysix・アコースティックギターだけで作ったという
デモテープについても、その使用機材について宇都宮氏が
「そんな大事なデモテープを、こんな少ない機材で作って大丈夫なの?」
と不安を漏らしたとされていて、この発言は非常に真実味があります。



ということは、やはり、
「1974」のデモテープは2種類存在していた、という事のようです。



考えられるケースとしては
・各レコード会社にばらまいたものと、
 フレッシュサウンズコンテストに送ったものは別であった。
・小室氏の作ったデモテープを下敷きにして、小泉氏によるデモが作られた。
・コンテスト終了後に、プレ・レコーディングとして
 試験的に打ち込みサウンドのテープを作った。
などが、あげられます。

小泉氏御本人は、小室氏版デモテープについては憶えがないそうで、
この辺の事情については分らないとのこと。
これに関しては、今後の究明が待たれるところです。









♫ 当時の時代背景


80年代初頭の日本では、パソコンは “マイコン“ と呼ばれ、
『マイコン・ブーム』が巻き起こっていました。
NHKの教育TVで『マイコン入門』が放送され、
TVや雑誌にアイドルや俳優を使った広告がバンバン打たれていた時代。

ポコ太の記憶では、駅前のカルチャーセンターなどで一般サラリーマンに向けた
『趣味のBASIC(パソコン言語の一つ)講座』なんてモノも行なわれていました。


今回お話を伺って感じたのは、小泉氏、そしてもちろん小室氏の嗜好を考えると、
1983年「1974」のピコピコサウンド、ひいては TM NETWORK デビュー時の方向を決める上で
影響を与えたのは、YMO によるテクノブームなどの ”音楽的なもの” よりも、
この当時の『マイコン・ブーム』が内包していた
"見え始めた新しい未来” 感ではないか、ということです。


なおインタビュー中では ”戦略” と言う言葉で表現されていますが、それに加え、
「もちろん戦略というだけでなく、単純に “面白い” という気持ちもあったよ!
 哲ちゃんもすごく頭が柔らかくって、新しいもの、変わったものはパッと興味を示すし」
とも、おっしゃられていました。









♫ コンピューターとパソコン世界初


前回のエントリーでポコ太は、
コンピューターを使ったライブなど、当時すでに散々行われていたのに、
いまさら何が『世界初』なのか、分らないと書きました。

この件に関しては直接お話を伺ったわけでは無いのですが、
小泉氏との話が始まってから、すぐに気づきました。


混乱が生じた原因は『コンピューター』という言葉の定義にあったのです。


我々は日常、コンピューターという言葉から “パソコン” をイメージしますが、
本来、パソコンとは “パーソナルコンピュータ” の略であり、
コンピューターの中の一種類にすぎないわけです。

音楽の場合、コンピューターと言ってもいわゆるパソコンの他に、
音楽専用のコンピューター、つまりシーケンサー専用機(注)があります。
(注・変な呼び方だが、多用途に使えるパソコンとの違いを強調するため今回はこう呼ぶ



たしかに “コンピューターを使った音楽” として一世を風靡した YMO も、
1983年 “散開” までのレコーディングやライブで、パソコンは使われていません。
使われていたのはシーケンサー専用機 Roland MC-8(のちにMC-4)です。






















ポコ太の記憶でも、YMOのライブで視覚的なインパクトがあったのは
コンピューターではなく、中央にそびえ立つ MOOG などのモジュラーシンセでした。
当時小学生だったポコ太は、それこそがコンピューターだと思い込んでいました。

しかし実際は、山のような機材群の中にちょこんと置かれた、
スーパーのレジの様なものがコンピューターだったのです。

つまり、サウンドとしてのインパクトはコンピューターが担いつつも
見た目のインパクトはモジュラーシンセ、という分業(?)状態だったわけです。


















これに対し、小泉・小室両氏が画策したのは、
シーケンサー専用機ではなく、パソコンそのものを
レコーディングやライブで使うということでした。


ただ、視覚上の演出も伴うライブはともかく、
レコーディングまでパソコンをわざわざ使う意味はあるのだろうか?
という疑問も湧きます。

シーケンサー専用機だろうとパソコンだろうと、ピコピコさえしていれば、
使用機材は聴く側にとっては関係ないからです。

実際にはそれぞれ、電圧制御・MIDI制御と違いがあり、
それによって使える機材も異なりますが、1983年の状況を考えれば、
枯れた技術であるシーケンサー専用機を使った方が、はるかに『安全』です。



それなのに、次回述べるような困難を乗り越えてまで、
あえてパソコンを使ってレコーディングに挑んだのは、
先に述べたようなパソコンを取り巻く時代の空気が、
本人たちをかき立てたからではないかと考えられます。

ちなみに小泉氏との会話でも、パソコンを使ったことに関して、
何度も『プライド』や『矜持』といった言葉が使われていたことが印象的でした。



事実、デビューライブから1988年8月の東京ドーム公演「STARCAMP TOKYO」まで
TM のライブでは常にパソコンが目立つ位置に設置されていました。

実際には1987年3月スタートの「FANKS! BANG THE GONG TOUR」からは、
安定性を考慮して、シーケンサー専用機が使われていたのですが、
その後も ”見せパソコン” が置かれていたことは、
小室氏自身が『パソコン=TMのアイデンティティ』と捉えていた名残でしょう。




しかし、この ”コンピューターを前に打ち出す“ と言う戦略が、
皮肉にもその後のボタンの掛け違い(注・ポコ太の印象です)
原因になっていくことになります。
この件はまたいずれ。









♫ MIDI規格の成立


ただ、この戦略が成立する為には、
パソコンとシンセ等を繋いで、データをやりとりする規格の存在が必要です。
それまでの音楽用のコンピューター=シーケンサー専用機は、音楽専用というだけあって、
“楽器” として作られていましたが、パソコンは楽器ではないからです。


そこに登場したのが MIDI規格 です。


MIDI規格は1982年の秋に発表され、
年明けの1983年初頭からMIDI端子を備えた製品が各社から発売されはじめました。

パソコンと対応楽器間でMIDI信号を送受信するための
『MIDIインターフェイス』の発売も、この1983年です。
小泉氏の言われた ”タイミング” の意味がお分かりいただけたかと思います。

この辺りの事情は以前、当・重箱Blogでも
YMO と TM NETWORK 間の断絶として、とりあげました。






ここまでをポコ太なりにまとめると、次のようになります。

 ・YMO のヒットにより、打ち込み音が一般に受け入れられるとの確信はあった。
 ・当時『マイコン・ブーム』により、パソコンが注目を浴びつつあった。
 ・TM NETWORK 結成の1983年、ちょうどその
  (コンピューターではなく)パソコンを音楽に使える状況が整った。

そしてこれに加えパソコンの持つ ”未来感” が、SF好きの2人の心を揺さぶっていた、
ということも大きいでしょう。
(当時、小泉氏の PC-8801mkⅡは ”ハリー” という名前が付けられていた。
 ネタ元はもちろん『2001年宇宙の旅』の ”HAL 9000”)

みなさん、どうですか?
当時、小泉氏が購入したばかりの NEC PC-8801mkⅡを前に、
熱く語り合う二人の姿が見えてきませんか?








しかし、この計画には大きな落とし穴がありました。
たったひとつ、タイミングの合わないものがあったのです。
そしてその克服こそが、彼らの言う『世界初』の自負へと繋がっていきます。


新年を迎えて送る小泉氏インタビュー第二弾は、このお話から。


フレッシュサウンズコンテストにサポートとして参加した小泉さんに、
TM NETWORK デビューに向け、いよいよ正式な協力要請が。
しかしそこには身も凍るような恐怖体験が待ち構えていた!

次回『魔の3日間 / TM NETWORK は初めから "QUIT” だった!!』


乞うご期待。













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   [ ここだけ『重箱のスミ!』~懺悔の巻~ ]






さてインタビュー部分を読むと、まるで理路整然とお話を伺ったように見えますが、
もちろんポコ太にそんな芸当が出来るはずもありません。

実際はお邪魔していた6時間中、半分近くは小泉氏と
雑談&たこ焼き喰ってるだけでした!
目の前に、あの、あの小泉洋がいるというのに!!

帰宅してから当日の録音を聴き直しても、
ポコ太の頬張る音+「うま~い!」とか「(小声で)熱っ」とかが
延々、記録されている始末…orz


…ごめん、みんな…。
うまかったんや…ほんまにたこ焼きがうまかったんや…。

というわけで 当日の真実の姿、その一端をここに記します。






エプロン姿でキッチンに立ち、黙々とポコ太のためのたこ焼きを焼き続ける小泉氏。
それをテーブルに座り、次から次へと頬張るポコ太。
壁越しに行われる会話…。


以下、たこ焼き情報。

  ・味は醤油ベース。ソースやマヨネーズなどは一切つけない。
  ・子供の頃、お母さんの作られているのをみて覚えた。
  ・お母さんの御実家は大阪の吹田だそう。
  ・焼き器はテフロンではなく鉄製。
  ・このたこ焼きを求めて、ちょくちょく後輩たち仲間が屯しにくる。





      「俺、なんでも作るけどさぁ、でもこのたこ焼きが
       俺にとっての 一番のおもてなし なんだよね」





いくらポコ太が厚かましい男だとはいえ、
この状況には、さすがにいたたまれなくなりました。
しかし壁越しに「小泉さんも一緒に食べましょうよ」と呼びかけても、
「いいよ。俺は次々焼いていくからさ、どんどん食べちゃってよ」と涼しい返事。

このやりとりも3度目となると、ついにポコ太、
いたたまれなさを通り越し、逆ギレ!
キッチンに乗り込みます。




『小泉さん!
 もし今ここにブライアン・メイが現れて、
 小泉さんに「たこ焼きを焼いてやる」って
 言い出したらどうします?』




その瞬間、小泉氏の背中がピクッとしたかと思うと、首だけをゆっくりとこちらに向け一言。

「…それ、すげえなぁ」妙にニヤつく小泉氏。

「ブライアン・メイが目の前でギターを弾いてくれるっていうんならまだしも
 手料理振る舞ってくれるなんて、そんな経験そうそう無いよなっ!」

「でしょ?僕にとって、今のこの状況はまさにそれなんですよ!」






「へー。それはありがたいね」
 再び淡々と答える小泉氏。





「…。」
「…。」





「おし!次、焼けたよ!」
「あ、ありがとうございます」

言いたいことを言ったらスッキリして、おとなしくテーブルに戻り、
焼き上がったたこ焼きを再び食べ始めるポコ太。

何事もなかったかのように、たこ焼き器に次の生地を流し込む小泉氏。

結局16穴のたこ焼き器3枚分+αで、ざっとたこ焼き50個はたいらげたポコ太…。








          だめじゃん!























これが小泉氏謹製、醤油ベースのたこ焼きだ!
ちなみにこの時点で、ポコ太はすでに二皿(16個×2皿=32個)たいらげていたぞ!!



小泉さん、ほんとうに御馳走様でした。
たこ焼き、たいへんおいしうございましたよ。









                 ううう…orz









8 件のコメント:

  1. お笑いのセンスもお持ちのようで・・・ポコ太さん

    続編、お待ちしています!

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    1. いやいや端から見るとお笑いですけど、本人としては
      「偉大な先人に何をさせてんだ、俺?!」って、落ち込みましたよ。


      ただ、ほんとに落ち込んだのは、
      落ち込んでるはずなのに一向に衰えなかった自分の食欲なんですけどね。

      第2回目、もうすぐです。今しばらく待ちください。

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  2. 更新有難うございますm(__)m
    前回、たこ焼きというキーワードから、小泉さんがたこ焼きをごちそうしてくれて・・
    なんて冗談で予想を書いたら、まさか本当だったとは!
     
    インタビューも面白かったですが、とにかくたこ焼きの話が印象に残りました。 
    私も関西出身なのでたこ焼きを時々作りますが、ソース味か明石焼きしか作ったことなかったです。
    FANKSなら、今後は醤油味にしないと!
       
    インタビューそのものについては、続編を拝読してから、また感想コメントさせて頂きますね。
    楽しみにしています!

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    1. NutRocker さん
      返事が遅れました、どうもすみません。


      >>冗談で予想を書いたら、まさか本当だったとは!

      前回のコメント、見られてたと思ってドキっとしましたよ。
      あと、このエントリーを公開した後、
      みんな、やたらとたこ焼きに食いついてくるんですよね。
      お前ら、そんなにたこ焼きが好きかと… (笑)

      次回以降は軌道修正して音楽ブログになりますので、あしからず!

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  3. こんにちは~
    この重箱を読むまでは、小泉さんって最初の頃いたサポートだかスタッフだかの人でしょーというイメージしかなかったのですが、インタビューを読んでなんだかタイムカプセルを開けたような感覚になりました。

    続編も楽しみに待ってまーすo(^_^)o

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    1. にゃろさん
      返事が遅くなって失礼しました。

      まさにそこが伝われば、この企画をやった甲斐があります。
      ただ次回以降読んでいただくと、もっと深く考えさせられる部分がありますので、
      刮目してお待ちください!

      第2回目は近日公開です!

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  4. 青い惑星の愚か者2015年1月23日 5:09

    今FANKS DYNA-MIXのパンフを見ていたんですが、1974デモについて、小室さんがコメントしていました。
    シンバルとスネアというのが加わっていますが、木根さんの記憶がだいたい正しいことを裏付けるものかと思います。
    考察結果が変わるわけではないですが、参考までに引用しておきます。


    TMネットワークの最初のデモ・テープは、コルグのPOLY6を1台と、ローランドの808と、ドラムマシン、生ギター、それにシンバル1枚とスネアひとつ。これだけで作ったんです。『パノラマジック』と『1974』。LPに入っている状態と、ほぼ変わらない。TMネットワークのきっかけは、POLY6 1台。充分それで間に合った。

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    1. パンフレットの件、報告ありがとうございます。
      自分の部屋のどこにしまったか忘れて、あちこち探しまくってました(汗)

      しかしこの書き方だと、808とはまた別にドラムマシンを使っているように読めるね。
      正直言って今までの「808で作った」って話だと、
      かなりチープなイメージがあったんだけど、
      ベーシックの部分は別のドラムマシンに演奏させていたとしたら、
      そこそこ本格的な音だったのかな?

      たったこれだけのことで、今までの印象が、
      がらりと変わるというのも、深い世界ですな。


      ただ当時の話で白田朗氏が、TMデビュー以前に
      出来たばかりの小泉洋ver.「1974」デモテープををもらった、
      と話していたので、こちらはこちらで確かな話みたいだし、
      やはり2種類存在していて、小室哲哉ver.→小泉洋ver.って言う順番に作られたようだね。



      全然関係ないけどこのパンフレット、
      さりげなくデビューライブの写真が載ってるね!

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