2015年5月30日土曜日

【番外】TM NETWORK とはなにか? 〜 その1

今回は「TM NETWORK の重箱のスミ!」でもなければ
「TM NETWORK の重箱!」でもありません。完全な『番外』であります。
そのため一定の期間後は別の場所に移動させていただきます。




   はじめに


今回、自分としては書くべきか書かざるべきか、非常に迷いに迷いました。

…と書けば小泉洋氏インタビューをお読みいただいた方々には、何のことかお分りでしょう。
結局迷った末に一旦は『その件』に関わる部分を注意深く取り除き、
インタビューを再構成して皆様にお届けしました。
これは何よりも、御本人である小泉洋氏の意向を尊重させていただいたためです。

この件に関して小泉氏は一貫して
「いいんだよ、もう。今さらほじくり返してファンの人達の夢を壊しても仕方がない」
と仰っていました。

特に1985年の項(3回目のエントリー)はその部分の切り分けにかなり手間取り、
結果として少し散漫な出来になってしまったと感じています。
自分の構成力不足を恥じるとともに、お読みいただいた方々、
そしてなにより貴重な話を沢山語っていただいた小泉氏に申し訳なく思います。



ではなぜ、自分はそのように微妙な問題を今になってほじくり返そうとしてしているのか。



予告編でも宣言しましたが、あくまでこの企画の趣旨は暴露が目的ではありません。
初期制作体制の実態、および TM NETWORK の成り立ちを探ることが目的ですので、
音楽活動と関係のない個人的な軋轢は、今後も一切書くつもりはありません。



しかし、実際インタビューを行って痛切に思い知らされたのは、
小泉氏の御活躍とTMからの離脱はコインの裏表の様な面があり、
離脱の経緯がアンタッチャブルなままでは、
30周年どころかいつまで経っても小泉氏の御苦労、御活躍は表に出せない。

そして "小泉洋という視点” を Lost したままでは、
今に繋がる『TM NETWORK が誕生時に抱えた興味深い独自性』が、顧みられず
永遠に埋もれたままになるという理由です。



加えてもう一点。



インタビュー掲載後に気付いたのですが、読者の方々の中に
『小泉氏の離脱時期』と『TMがブレイクした時期』を重ねて捉えていらっしゃる方が多い。
端的に言ってしまえば、小泉氏を外したことによってTMはブレイク出来た、
と捉えている方が残念ながらいらっしゃるということ。

これは自分としては予想外のことで、
貴重な話を披露してくださった小泉氏に対し、申し訳がありません。
また小泉氏が離脱した翌年、1986年をブレイクと捉えてしまうと、
この時期の制作体制の変化や、幾つかの楽曲の立ち位置を見誤ることにもなるでしょう。




以上の理由で自分は、30周年というお祭り期間が過ぎ去るのを待ち、
小泉氏に再度連絡して交渉、強引に許可をいただいたうえで執筆に取り掛かりました。




再度断っておきますが、この件に関する小泉氏のスタンスは先に述べた通り
「今さらファンの夢を壊しても仕方がない」ということです。
この件は非常に微妙な問題を孕みますので、10人いれば10通りの真実があると思います。
本文はあくまでポコ太が小泉氏から伺った話をもとに様々な推測を交え、紡ぎ上げたもの。
いわば私感であります
ここに書く内容が唯一の答えとは捉えないでいただきたいと存じます。





原稿自体はすでに書き上がっているので、今後の流れを予告しておきます。
たいへん長文ですので、3回に分けることにしました。
これは慎重を期する内容が含まれる為、
読者の方にもじっくりと読んでいただきたいとの想いからです。



     はじめに
  1:スピード・ウェイとはなにか?
  2:デビュー直前での路線変更
     (今回分)

  3:ちぐはぐな頭と体
  4:外圧
     (2015年6月9日公開予定)

  5:隙間風
  6:TM NETWORK とはなにか?
  7:CHILDHOOD'S END
     おわりに
     (2015年6月下旬公開予定)





また今回は、サブテキストとして昨年30周年を記念して発行された
「小室哲哉ぴあ TM編」(以下:TMぴあ)を多く参照いたしました。

この本は当Blogで何度も申し上げているように、今まで語られてこなかった内容が
さらりと書かれている反面、記憶違いの発言や単純な誤植等も多く、
正直どこまで正面から受け止めていいやら悩む部分があります。



その中でも自分が初見の際、非常にひっかかりを覚えた発言を一点あげておきます。

 (小室氏による全曲解説 / アルバム「CHILDHOOD’S END」内「ACCIDENT」の項)
  ちょうど、このころ、同じレーベルで LOOK というグループの「シャイニン・オン
  君が哀しい」という曲が大ヒットしてまして、その水のあけられ感がめちゃくちゃ
  大きくて、何とかシングルヒットを出さねばって焦りがありました。



なぜそこまで具体的に憶えているのに、この30年間一度も話さなかったのか?
またその内容が真実であったとして、なぜ LOOK の「シャイニン・オン 君が哀しい」なのか?

失礼ながら当時の TM NETWORK を考えると、
追い抜いていった曲やバンドは、他にもたくさんあったはずです。
また音楽的にも、とても TM NETWORK が意識するような
(被るような)バンドとも思えません。
同じエピックソニーだったから?それだけなのでしょうか?

いまひとつ釈然としないながらも、編集側の付けた
『後輩に追い抜かれたから』という煽り文には説得力を感じず、
しかし他の理由も思いつかず、そのまま考えるのを保留していました。


この発言。
これからお読みいただく方にも、しばらく頭に留めておいていただければと存じます。








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1:スピード・ウェイとはなにか?


木根「(スピード・ウェイは)青春だったよね」
ウツ「そうですね、八王子のレッドツェペリンて感じだったしね」
木根「まああの、でも TM NETWORK のルーツだと俺は言うんだけど、
   小室は違うって言うんだよ。これだけは彼とはどうしても意見が合わないんだよ」
ウツ「なるほどね」
木根「彼もいた時あったからね」
ウツ「そうですね」
木根「最後、後期にね」
ウツ「うん」


これは1996年、スピード・ウェイ 一夜限りの再結成ライブにて出た発言だそうです。(注)

いつものごとく面白おかしく話されていたようですが、
自分としては、これこそ TM NETWORK が結成当初から抱えている、
根が深く、また他のバンドにはあまり見られない構造上の問題点であると思います。





TM NETWORK のファンであれば、TM経由で遡ってスピード・ウェイを聴いた
という方は多いでしょう。

しかし、特に 1st album「THE ESTHER」については
その音楽性の違い、ビジュアルの違いにかなり驚かれたのではないでしょうか。
煽り文句も「かつて TM NETWORK のメンバーが “在籍した” バンド」という、
なんとも微妙な物言いでありました。




つまりスピード・ウェイと TM NETWORK はスタッフも含め、
人脈としては繋がっているものの、音楽性は繋がっていない
という珍しい関係にあるわけです。




音楽性という意味では、
むしろ同時期に小室氏がやっていた STAY の方が、まだ “らしい” でしょう。
STAY の楽曲には、TMのレコードやライブで聴かれるフレーズが
ちょくちょく顔を出します。

特に 3rd album「GORILLA」におけるダンスミュージック路線は
STAY での活動がベースとなっていることは明らかです。

同時期、木根・宇都宮・両氏ともに
『昔、小室がそういう(ディスコサウンドの)バンドをやってたのも知ってたから
「ああ、ついにきたか」と思った』と発言しています。

と同時に2人にはダンスミュージックの経験が無く、
その路線に不安を感じた、とも語っています。





しかし、じゃあ STAY が TM NETWORK の前身バンドか?というと、それもまた違います。
なにより STAY はコンピューターサウンドではありません。

この複雑骨折したような構造が、先のMCにおける
小室・木根・両氏のスピード・ウェイに対する評価(位置付け)の違いになるわけです。





また同MC内で木根氏が小室氏を指して『最後の方』『一時期いた』と述べているように、
木根氏・宇都宮氏にとってスピード・ウェイは、その前身バンドのフリースペースから、
さらには学生時代からつながるルーツではあるものの、
小室氏にとっては一時期、助っ人として所属したバンドでしかないわけです。

ところが TM NETWORK 以降、
スピード・ウェイのみが、前身バンドとして脚光が当たります。
そのためファンの間でも スピード・ウェイこそ TM NETWORK の前身バンドである、
という認識が広まってしまいました。

これは彼らの前歴に、形としてしっかり残っているメジャー作品が少ない、
ということもあるでしょう。

しかし、のちに触れますが
『TM NETWORK の前身はスピード・ウェイであってほしい』と望む人達がいた
という側面もあったようです。




確認しておきますが、これは決して嘘でも間違いでもありません。




ただ一般に “前身バンド” とは、本来一番キモとなる『音楽性』を指すものですが、
スピード・ウェイ はそうではない。
ここでいう "前身バンド” とは、あくまでスタッフも含めた『人脈』のことを指している。

これを念頭に以降の話をお読みください。




(注)ところが昨年(2014年)出た「震・電気じかけの予言者たち」の中で木根氏は
   「小室が作ったバンドに僕とウツが加入したのが TM NETWORK」と、
   今までとは180度異なった見解を記しています。
   これがいつ、なぜ、このように考えを改めたのか、非常に気になるところです。







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2:デビュー直前での路線変更


これはあくまで状況証拠からによる推測に過ぎませんが、
1983年春に小室氏が他の2人と『T.M.ネットワーク』を結成した時点で思い描いていた音と、
同年10月にデビューアルバムのレコーディングを始めたときの音には
微妙な差異があるように思われます。


小室氏の趣向を考えると「打ち込み」に関する入り口は、Kraftwerk 的なテクノ(注)よりも
70年代後期~80年代初頭、ディスコを席捲した
Giorgio Moroder プロデュース作品などでしょう。

   (注)もっともまだ「打ち込みというジャンル」など存在しない時代、
      Kraftwerk はプログレの一種として紹介されていた。
      当時の小室氏がどう反応したか興味深い。

これをミニマルなフレーズを繰り返す新たなポップサウンドと捉えれば、
CM仕事や「TMN GROOVE GEAR」収録の「ANY TIME」で聴けるような、
リズムマシンの上に手弾きシンセの多重録音+アクセント程度のシーケンス音といった、
当時の小室氏の技術、所有機材でも手の届く範囲のサウンドであります。


小室氏がのちにデビューアルバムを指して
「Trevor Horn を目指したが、うまくいかなかった」と語っていますが、
その参考にしたはずのアルバム「The Age Of Plastic」のメインになっているのは
打ち込みよりも、Geoffrey Downes による手弾きのシンセ・オーケストレーションです。

また、TM以前に小室氏が手がけた Missオレンジ・ショック の「ア・イ・タ・イ TEL」は
この「The Age Of Plastic」の "サウンド・コピー” ともいうべき仕上がりであり、
さらに言うなら「ANY TIME」にいたっては、サビのメロディー・コード進行まで
同アルバム収録の「Elstree / 思い出のエルストリー」にそっくりです。








           自分は、このあたりが小室氏の想定した
       『T.M.ネットワーク』の原初イメージではないかと考えます。




リズムマシンと廉価なシンセ+アコースティックギターだけで作ったという
「1974」の初期デモテープ。
また、デビュー前のフレッシュサウンズコンテストでの演奏からも、そう感じます。

このサウンドなら鍵盤奏者である木根氏とのコンビでも、無理なく対応できたでしょう。





もうひとつ「打ち込み」への動機として考えられるのは、意外と音楽そのものではなく、
ドラム・ベースを打ち込みにすることによって、
意思決定に時間のかかる『バンド』編成から脱却したかったからとも考えられます。

人間では表現できないサウンドを打ち込みによって表現する、
というテクノ的な考え方ではなく、
『リズム隊のパートタイマー化』といった感覚でしょうか。

つまり小室氏+木根氏+αという編成を成り立たせる為の
"手段としての打ち込み” というわけです。

どちらにしてもこの時点では、積極的に打ち込みを中心に据えていたというよりは、
もっと副次的なものだった可能性があります。

また小泉氏もフレッシュサウンズコンテストには地方大会の時点から参加していたものの、
この時の「1974」に打ち込みは入っておらず、
氏の役割はあくまで手弾きのサポートキーボーディストとしてでありました。





しかし、詳細な時期は不明ながら1983年夏頃、インタビューにあったように、
小室氏は小泉氏から『パソコンとMIDIによる楽曲制作』のレクチャーを受けます。

これが小室氏からの依頼なのか、小泉氏が持ちかけた話なのか、
はたまた小泉氏の家で遊んでいた時に偶発的に起こったことなのか、
非常に興味あるところです。

というのも後述するように、これによって
(打ち込みやシンセといった表層的な部分ではなく)本人達もあずかり知らぬところで、
TM NETWORK のアイデンティティーが規定『されてしまった』と考えられるからです。



このレクチャーを経て、小室氏は小泉氏に
パソコンおよびシンセサイザーのマニュピレートを正式に依頼。
小泉氏はメンバーと一体となって TM NETWORK に没頭することになります。

この選択は小室氏にとっては、恐らく今までの路線の延長線上。
更にパソコンというビジュアル的なインパクトも加わることによって、
レコード会社や世間への『駄目押しアピール』になる、という程度の認識だったのでしょう。

確かにこれによって、サウンド的には我々の知る TM NETWORK に一気に近づきます。











         『TM NETWORK とはなにか? 〜 その1』終わり


                続けてこちらへどうぞ。
           『TM NETWORK とはなにか? 〜 その2』







23 件のコメント:

  1. 次はどのような話題が来るのかと楽しみにしていましたが、非常に興味深そうな内容で、この先が気になります。修士論文並の章立て、、、そしてSeason 1, 2, 3とも見れる今後の予告ですね。楽しみにしています。あと、、、、遠くからではありますが、、、、、応援しています。

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    1. 今回は書くか書かざるべきか、本当に体まで痛めて書きました。
      出来れば見る方にも、慎重に読んでいただけるとありがたいです。


      >>あと、、、、遠くからではありますが、、、、、応援しています。

      なんか事情を知らない人が読んだら、凄く意味ありげな言い方しないで(笑)
      単に「出張先で読んでる」って話ね!

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    2. ご返信を有難うございました。日本時間では6/9になりましたので、第二弾が出ているかなと思って見に来てしまいました。私は普段の居住地も割と離れていますので、「遠くから」と書かせて頂きました。何かの機会にお会いできるのを楽しみにしています。

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    3. お約束通り、必ず本日中(日本時間)に更新いたします。
      もうしばらくお待ちください。

      よろしくお願いします。

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  2. う〜ん これ以降どんなビックリすることが起こるのだろうか?
    今回は、事件は起こってないからね〜

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    1. そう、まだ何も起こってはいない。
      でも、種はしっかり蒔かれてしまっているんだよね。

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  3. こんにちは。読ませていただきましたがものすごく核心をつくような
    確信というか読んでいて溜飲が下がる思いです。
    決してポコ太さんやTMに不満があるという意味でなく
    思っていることを言葉にしてくれたような。
    感動しました。続きが楽しみです。

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    1. Mさん
      どうもありがとうございます。

      あくまで覚悟という意味ですが、この重箱Blogは毎回最後のつもりで執筆しています。
      ただその中でも、やはり今回は書いていてキツいです。


      >>TMに不満があるという意味でなく

      いや、僕はそれがあってしかるべきだと思います。
      もし送り手と聴き手側双方に緊張感がなくなったら、
      それはアーティストとしては死んだも同然だと考えているので。

      今回はそういう自分のスタンスもあり、掲載することにしました。
      なので次回を『お楽しみに』とは言い難いですが、じっくり読んでいただけると幸いです。

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  4. 前回の小泉さんのインタビュー記事で明かされなかった部分・・・楽しみというか
    心して読ませていただこうと思います。今回のポコ太さんの葛藤も含めて。
    個人的にはポコ太さん自身に迷いがないかが心配です><

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    1. think of tmさん
      どうもありがとうございます。


      >>個人的にはポコ太さん自身に迷いがないかが心配です

      おっしゃるとおり迷いっぱなしです。
      恐らくこの先、何年も
      内容そのものから、掲載にいたった判断の是非に至るまで迷い続けるでしょう。

      ただ、それはそれとして「書き記しておくこと」自体は、
      絶対に必要だと考えていたので、迷いはありませんでした。
      なので筋の通った文章にはなっているはずです。

      その判断は読んだ方それぞれにお任せしようと思います。
      次回もよろしくお願いします。

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  5. 鉄曜日のライオン2015年5月31日 23:09

    更新ありがとうございます。
    一連のインタビュー記事、初期TM楽曲があまり得意でない私には少々苦手意識があって、
    読むのを先送りにしてて、5月の連休頃にようやく読んだところでした。
    おかげさまで、初期TM作品に興味が持てるようになりました。

    ただ、インタビュー記事を読み終えて、もやもやしたのも事実です。
    『その件』、あえて削除されててたんですね。
    改めて書いていただけるというご英断に、感謝します。

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    1. 鉄曜日のライオンさん

      >>初期TM楽曲があまり得意でない私には少々苦手意識があって 〜
      おかげさまで、初期TM作品に興味が持てるようになりました。

      別に試験やノルマじゃないので、無理して聴く必要は無いのでは?
      と思って、ちょっと笑ってしまいました。


      >>改めて書いていただけるというご英断に、感謝します。

      今回は読む方のスタンスによって、かなり受け取り方が異なると思います。
      まだ、掲載途中ということもあり、
      皆さんも判断はつかない状態だとは思うのですが、
      表現等にはかなり気をつけて書いたつもりですので、
      最低限、多くの方に「目を通す」だけでもしていただきたいと思っています。

      どうぞ最後までお付き合いください。

      削除
  6. 小室哲哉は二人要らない作戦によって小泉さんが離脱され、
    TMがブレイクしたと読み間違えた代表です(汗)
    小室さんにカリスマ性を持たせたかったのかなと思って。

    時期が違うと教えて頂いてからずっとTMを、小室哲哉さんを考えていたので
    新連載がとっても嬉しいです。

    もう自分自身も色んなものを見てきて夢だけを見る年頃ではないので、
    本当のことが知りたいです。
    でも、小泉さんが色んなものを飲み込んで今まで来られたとしたら・・・と思うと、
    うかつな読み間違いが本当に申し訳なくおもいます。

    TMの何が好きで、FANKSを(ポコ太さんを差し置いて)名乗っているのか
    自分が自分に試されているような気がします。

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    1. ああEMIさん、お気になさらずに。

      昔からTMの情報って、出方が極端で、
      インタビューの度に同じことばかり聞かれている気がします。
      そのせいで情報量が多い割には、何年経っても分からないことも多い。

      ブレイク時期のツアーが全く商品化されていないことも含め、
      特に80年代のTMの実像って見えづらいですよね。

      逆に、遠く離れた今だから語れることも沢山あるのではと、
      30周年には期待したのですが。

      削除
  7. 先のインタビュー記事も大変興味深く読ませていただいていました。
    わざと言及していない部分がどのような内容なのかは大体気付いていましたが、今回、しっかりと記事にしていただけるとのことで本当にありがとうございます。

    ファンといっても様々なスタンスの方がいると思いますが(そしてそれを否定する気はまったくありませんが)、少なくとも私は(そしてポコ太さんも)全ての裏表を理解したうえでTMを応援していきたいタイプだと感じています。
    なので、一連の記事には本当に感謝しています。もっと多くの人に読んでもらいたい程です。
    これからの更新を楽しみにしています。

    ちなみに私はTMの3人とも大好きです。
    名前くらいしか知らなかった小泉さんのことも好きになりました。笑
    そして、CHILDHOOD’S ENDは今でもたまに聴きたくなるくらい好きです。笑

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    返信
    1. 匿名さん
      ありがとうございます。

      おっしゃる通り、ファンと一言に言っても、
      様々なスタンスの方がいらっしゃると思います。

      今のところ匿名さんのように、コメントしてくださる方々は、
      好意的に受け止めてくださっていて、とてもありがたいのですが、
      今回の文章はその影にいらっしゃるはずの、
      多くの批判的な意見の方々の目に触れることも意識して書いたつもりです。

      ですのでスタンスの違いはともかく、いろんな方に
      ぜひ、目を通すだけでもしていただきたいと思っています。

      削除
  8. ポコ太さん、小泉さんへのインタビューとまとめ、お疲れ様です。
    小泉さんの言葉にウルッとしながら読んでいたら、「1974」のPVの
    電子ドラム検証画像の木根さんにオウフw

    私も「EARTH」を持っていますが、初めて読んだ時の読んだ感想は
    「この3人、どれだけ小泉さんとやらが好きなんだ」でした。
    そのエピソード一つ一つが印象的で、「クリストファー」を聴くたびに
    「どんな方だろう」と、まだ見ぬ小泉さんに想いを馳せていたのですが
    なんと、「1974」TV出演で後ろに写っていたアノお方なのですね。

    涼しい顔立ちの美形の男性じゃないですか。
    TMの一員として表に出ても馴染む容姿なのに、勿体ない・・・
    なんて軽い気持ちで読んでいたら、心にズシリと来る内容でした。

    小泉さんが「4人仲の良いあの頃」のキラキラした気持ちを
    語って下さることが嬉しかったり、切なかったり。
    まるで私自身が掛け替えのない友人を失ってしまったかのような
    錯覚に陥りました。

    次にUPされる記事を読んだら、もっと悲しい気持ちになるのかな?
    と色々な想像を巡らせたら、今から怖いような待ち遠しいような。

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    1. ぬこさん

      僕はパルコライブをのビデオを初めて見たとき、
      所々「あれ、これどっちが小室哲哉なんだ?」と迷いました。

      「EARTH」に関しては、僕もやたら
      「小泉」という名前が出てくるのが印象に残りました。

      それと、しばらくしてから読み直して気付いたのは、
      小室哲哉ではなく、むしろ木根ちゃんとウツの方から名前を出してるんですよね。
      なんとなく、そこも気になったのを憶えています。


      まもなく次回分の更新となります。
      いろいろな思いが交錯するところではありますが、
      とりあえずは最後まで見届けてください。

      削除
  9. こんにちは。更新有難うございます。

    小泉さんのインタビューシリーズが一段落した時に
    コメントさせて頂きたかったのですが、ポコ太さんがあえて削除された部分に関して、
    知りたいという気持ちと、ポコ太さんが書かれていた様に
    「これ以上の事となると、やはりこのような正史に残らない個人ブログではなく、
    公式のインタビューとして公のメディアで語っていただきたい。」
    というのは正論だという気持ちもあり、何を書いてよいかわからず
    そのままになってしまっていました。

    「これをお読みいただいているファンの方々も
    『ファンであるならばこそ』このような中途半端な採り上げ方で満足されず、
    ぜひ本当のことを知りたいと声を挙げていただきたいと思います。」
    とも書かれていましたが、それについても、これというアクションをしないまま
    月日は過ぎ、久々に拝見したポコ太さんの今回の記事。

    ポコ太さんが迷いながらも、いろいろな状況から判断して
    こうした記事を公開して下さることに感謝しています。
    今後の記事を真摯な気持ちで受け止めたいと思います。

    Missオレンジ・ショックは「ア・イ・タ・イ TEL」「いとしのリナ」しか知りませんが
    初めて聞いたとき(85年頃)、TMの曲に比べてイマイチだと思ったものの、
    「それを作った80年頃にしてはイケてたのでは?」と感じた記憶があります。
    当時はバグルズと結びつけてませんでしたが、まさにそうですね。

    「小室哲哉ぴあ TM編」でのLOOKの話を出されていましたが、
    その本の中で、私がひっかかったのは
    アルバム解説の「Childhood's End」の「Faira la vise」で
    「ScrittiPolitti的なことをやりたかったけど、似ても似つかなかった、
    ScrittiPolittiって、どうやったらあんな作品が生まれるのかわからない。
    トレヴァーホーンの方がまだわかりやすい」と言っていたことでした。

    あの頃、小室さんがScrittiPolittiを意識しなかったはずはないと思うのですが、
    自分の知る限り、ハワードジョーンズについては語っていても、
    ScrittiPolittiについては語っているのを見たことがなかったので、
    何か理由があるのかな?と思っていました。

    サウンド的には似ているけど、意外と泥臭い小室さんと
    ScrittiPolittiでは音楽へのアプローチの仕方が全然違ったからなのかな?と
    今になって思ったりしています。
    最後は話がそれてしまいました&長文失礼しましたm(__)m

    返信削除
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    1. NutRocker さん
      毎度、毎度、こちらのへっぽこ文章を真剣に読み取っていただいて、
      本当にありがとうございます。


      ScrittiPolitti の件ですが、まさにそこなんですよ。
      そういう基本的なことを掘り下げてくれるインタビューが全然ないんですよね。
      特に90年頃ぐらいからは、神輿記事が目につくようになって、
      結局、30年もやってるのにそういう基本的なことがほとんど分からないと言う状態には、
      危機感も感じるし、半ば呆れてもいます。

      僕としてはプロジェクトという意味で、Madonna は相当意識していたと思います。
      が、これもはっきりと言及したのは
      「Spanish Blue のベースラインは Madonnaの曲を真似た」
      ということくらいしか読んだ覚えがありません。


      >>意外と泥臭い小室さん
      ご本人はムッとされるでしょうが、実は僕も小室哲哉作品には
      非常に日本的(≠ 和風)なものを感じます。
      それと上の話に戻ってしまいますが、泥臭いといえば、
      ジャクソンブラウンが好きだった割には、
      その辺を突っ込んだインタビューもないですよね。


      ほんと「どうしてこうなった」という感じです…。




      余談ですが、その昔「ポコ太ってどんな曲聴くの?」聞かれて、
      「バグルズとか好き」って答えたら、人づてに伝言ゲームになって
      「ポコ太ってバングルスが好きなんだって」
      ということになっていた時はめまいがしました(笑)

      削除
    2. ご返信有難うございます。

      好きな音楽がバングルズと言われ、ポコ太さんは不服だったかもしれませんが、
      バングルズのManic Monday とPrinceの1999のAメロが同じ(作曲者同じですが)

      1999のイントロがRAINBOW RAINBOWのイントロ・ライブバージョン(LIVE TOMATO等)
      に酷似、ということから、なんとなく、つながった~ と思いました。

      Madonnaはノーマークでした!
      でも「Spanish Blue のベースラインは Madonnaの曲を真似た」
      ということくらいしか出ていないのですね。

      先に書いたハワード・ジョーンズの件も、まとまって語られたものではなく、
      パルコライブのRAINBOWRAINBOWのアウトロのキーボードソロに
      ハワードジョーンズの「NEW SONG」の間奏のメロディを引用した、
      ということを小室さんが雑誌か何かで言ってたのを読んだ記憶があるだけなのです。
      (実際、明らかに引用していますよね)

      TMの基本的情報がないことについては、こんなもんだと思ってきましたが、
      よく考えたら、初期のTMと同時期に自分が狂っていた佐野元春などは
      ラジオの番組や自分で作った雑誌で、ルーツについてはご本人が
      色々語っていたし、インタビューも掘り下げ・読みごたえのあるものが多かったです。
      初期の頃、平山雄一ではなく、渋谷陽一が小室さんにインタビューしてほしかった
      なあと思いますが・・(私が知らないだけだったらすみません)

      では、今夜の更新、楽しみにしています。

      削除
  10. こんにちは。
    恐らく残り2回のエントリを拝読させていただいてからのほうが良いのでしょう。ですがぽこ太さんの心情に触れ、コメントを書かせていただくことにしました。

    一般論として、複数の事象を時系列順に並べるとき、人はそこに直接的な因果関係を見出しがちです。
    小泉氏の離脱とTMのブレイクに因果関係があるかについては私にはわかりません。
    ただ、単純に時系列として前者が後者より先に起きたということ、両者の間でのサウンドの転換や試行錯誤の経た後にあくまでも「結果として」TMが多くのファンを獲得したということ、そのサウンドの転換に小泉氏の離脱が少なからず関わったということ、これらのことから、フラットに「氏の離脱の後、ブレイクした」とツイッターにてコメントいたしました。

    コメントしたかったのは「氏の離脱の後、ブレイクした」という言辞(いささか乱暴ではありますが)と、ぽこ太さんの仰る「TMが誕生期に抱えていた独自性」に目を向けることは、当然両立するということです。

    事実、30周年のお祭りの期間、TMの音源で最も聴き返したのは初期のものでした。当時よりも聴き込み、発見し、愉しめました。
    ですのでこの「誕生期の独自性」についてさらに詳らかになるだろう後2回のエントリを、非常に愉しみにしております。(今月は3回も記事が読めてうれしい限りです)

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    1. nixon さん
      どうもご丁寧に解説いただき、ありがとうございます。


      おっしゃるとおり「因果関係を見出しがち」という点においては、
      この重箱Blogもまったく同様です。
      自分としても気は使っているつもりではありますが、
      そこを完全に排してしまうと、「今度は、読み物として面白いのか、それ?」
      という自問自答に入ってしまい、その匙加減はなんとも難しいと日々感じています。


      そのうえで本文でも触れましたが
      「氏の離脱」と「ブレイク」を関連付けてしまうと、残念というよりは
      「もったいない」という側面もあると思っています。

      TMっていろんな「設定」のせいで、公式発表自体がファンタジーになってしまっていて、
      いわゆる一般的なバンド史が見えてこないのです。

      ブレイクという意味ですと、小泉氏の離脱 〜「Self Control」「Get Wild」までの1年間。

      また音楽的な意味の「FANKS」という視点ですと、
      84・85年の時点で既にその萌芽が見られる
      (つまり小泉氏が在籍したままダンスミュージック化していた可能性もある?!)
      など、一般的なバンド史としては
      かなり「おいしい」部分を切り捨ててしまっているように感じます。


      これは次回・ 次々回の内容にも関わってくるのですが、
      とくに初期に関しては大本営発表的な部分を感じていたので、
      今回はあえて波紋を立ててみようと思いました。

      どうぞ、引き続き、お付き合いください。
      よろしくお願いします。

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