2013年3月5日火曜日

この人を讃えよ 〜 白田朗編 〜


ポコ太はかねてより不思議だった。
ネット上にあるTM NETWORKの情報には妙な「空白地帯」があることに。



特にデビュー前〜ブレイク前夜まで多大な貢献をしている
『小泉洋』と『白田朗』両氏に対する情報がほとんどないのである。
この記事を書くにあたりWikipediaも見てみたが
なんと2人ともページは存在しなかった


またTM NETWORKのページを見ても
白田朗が「Dragon The Festival Tour からの参加」になっていたり
(実際はフレッシュサウンズコンテストも参加している)
いまひとつ信頼性も低い。




そこで今回は少しでも再評価につながる事を願って
いつものような『ポコ太の妄想垂れ流し記事』ではなく

[白田朗の語ったTMのエピソード] をお送りする。

当然、デビュー前からゴリラあたりまでの話が中心だが、
なかなか有意義な情報や面白い話が多いのだ。




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まずネタ元だが90年代前半、まだギリギリ『TMN』として活動していた頃の
「キーボードスペシャル」と言う月刊雑誌。
この頃、白田朗がライターの1人として参加しており、
たまにTMの思い出話を書いていた。


…… つまりレアな話でもなんでもない、誰でも見れる情報だった。
なんで今まで誰も書かなかったんだ???



そこでポコ太はこの「空白地帯」を少しでも埋めるべく、メビウスの宇宙を越えて
いまここに、このエントリーを書き起こすことを決意した!
(んな大した話じゃない)





ただし残念ながらポコ太は「キーボードマガジン派」だったため
「~スペシャル」は立ち○みですませていた。
そのため記憶が曖昧な部分も多く、ネット上を混乱させては元も子もないので
はっきりとした記憶だけを書いていくことにします。
(なお、文中の斜体文字部分はポコ太自身のコメントです。あしからず)









では年代順に

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1980年代初頭


・この頃、白田朗と小室哲哉は
 それぞれライブハウスを中心に活動しており知り合う。


・この当時の小室哲哉はスタジオではRolandのJUPITER-8
 ライブではパールのポリシンセ(機種名は失念。ゴメン)をメインにしていた。


・2人は別々のバンドで同じステージに立ついわゆる「対バン」をしたこともあったそうだ。





1983年


・その縁で最初に作られた「1974」のデモテープだけでなく
 打ち込みの為に書かれた譜面も貰らったそうだ。

・テープは24chマルチで録られ、譜面もかなり細かく書かれていた。

・打ち込みは小泉洋。



・その後いよいよフレッシュサウンズコンテスト東京地区決勝にあたり
 小室哲哉から電話でサポートの依頼が来る。





1984年 〜 『TM NETWORK デビュー』 〜


・6月の渋谷Live inn に白田朗が観客として訪れた際のエピソード。

 リハーサルを終え、全員楽屋に戻り本番に備えていた時、
 誰かがドライヤーを使った途端に電気がすべて落ちてしまい、
 みんな真っ青という事態がおこった。

・結局、演奏データや楽器の音色は飛ばず、無事ライブをスタート出来た。





1985年


『Dragon The Festival Tour』
 再び小室哲哉から電話でサポートの依頼が来る。



・ゲネプロ(最終通しリハ)の時に初めて「ムービング・トラス」を見た出演者一同は
 演奏中にも関わらず、それが動くたび上を見あげていた。


(画面上、円形にセットされた照明を支える骨組みが油圧可動式の「ムービング・トラス」
 当時日本に4台しか無いシステムを、このツアーの為全てTMがおさえた)




(なお、狭い会場の公演では、この「ムービング・トラス」を
 所定の位置まで上げる事が出来ず、ただでさえ熱い舞台上がさらに熱かった模様。
 写真は広島公演。去り際のメンバーが屈んで下をくぐっている)





・名古屋公演では宇都宮のマイクスタンドがすっぽ抜け小泉洋を直撃した。



・ドラムの山田亘が曲順を間違えたり、
 同期用に付けているヘッドフォンを落としてしまったりすることがあった。
 (公演場所は失念しました。ゴメン)




・毎回、コンサートの最後に打ち上げられる金色の紙屑を
 メンバーたちは「金色の夢」と呼んでいた


・その「金色の夢」が落ちてくるときにシンセの中に入り込んでしまい
 接触不良を起こしそうになるので大変だった。


・対策として一番上のキーボードにビニールをセットし
「金色の夢」が落ちてくる瞬間に手でビニールをかぶせていた。


・それでも後々シンセのフタを開けると「金色の夢」が出てきた。


(これが「金色の夢」想像以上に大量に降っている。
 この時点ですでに小室哲哉は演奏を終了して舞台を去ろうとしているが
 サポートメンバーの演奏は続いている)




・ミニアルバム「TWINKLE NIGHT」のレコーディング中にスタジオ尋ねたところ
 彼の目の前で小室哲哉は「ELECTRIC PROPHET」のBassを
 ワンテイクで弾いてしまった!





1986年 〜


『FANKS DYNA-MIX Tour』


・ツアー開始前、使用するフレーズをサンプリングするため
 小室哲哉、白田朗、久保こーじの3人で何日も徹夜した。



・名古屋公演で「8月の長い夜」から始まる3人コーナーと
 小室哲哉のシンセソロコーナーの間、楽屋に帰っていた西村麻聡が
 後半1曲めの「雨に誓って」のイントロに間に合わなかった!

・理由は舞台から二階下にあった楽屋から戻って来る際、
 エレベーターに乗り遅れたためらしい。



・大阪公演では白田朗の『普段靴』を間違って宇都宮が履いて
 ステージに出て行ってしまった。
 ちなみに2人の靴のサイズは全然違って白田朗の方が小さかった。

・そのことに宇都宮は全然気付いていなかった。





『FANKS "FANTASY" DYNA-MIX』


・リハーサル時、白田朗は渡辺美里のツアーのリハも重なったうえに、
 新曲やリ・アレンジの曲が多く、かなり大変だった。



・「FAIRE LA VISE」の大胆なライブアレンジの理由は
 野外だと曲順的にまだ明るい可能性があるため照明の凝った演出が使えず、
 音だけで勝負しなくてはならないというのが一因。


(映像を見ると本番ではすでに真っ暗ですね。
 この直後のMCで宇都宮が「もう暗くなっちったわ」というのが印象的)






・この年12月の渡辺美里らとのジョイントライブを最後に白田朗はサポートを降りる。
 ただ、その後も『kiss Japan tour』の頃までは客として見に行っていたそう。



・その後、別のツアーで地方に出ていた白田朗に、知ってか知らずか
 顔見知りの地方イベンターが『CAROL Tour』について愚痴っていたらしい。
 やはりメンバーやスタッフだけでなく地方イベンターにも
 かなり負担のかかるツアーだったようだ。







以上

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サポートメンバーだからこその興味深いエピソードの数々、いかがだったろうか。



ポコ太としては『FANKS "FANTASY" DYNA-MIX』における
「FAIRE LA VISE」のエピソードに、思わず「なるほど」とうなずいてしまった。

(←だったら本買っとけよ!ポコポ〜ン!!!)

当時、ビデオに他の曲を差し置いて収録されたのには
嬉しさとともにかなり驚いたが、こういう理由だったんですね。



今回はとにかくポコ太の記憶の内、確実と思えるものだけ記述した。
他にも様々なエピソードが眠っているに違いない。


今回のエントリーを皮切りにネット上で『小泉洋』と『白田朗』
両氏に対する再評価や、新たな情報の掘り起こしが始まることを願ってやまない。





今回は真面目なポコ太でした。
んじゃ、また。







4 件のコメント:

  1. 今回もマニアックですね。思わずまたコメントしてしまいました。今後とも楽しみにしております!

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  2. youさん
    いつもコメントありがとうございます。

    でも本文に書いたように、今回の話ってマニアックでもなんでもないんですよ。
    むしろこれが「マニアック」な話になってしまった経緯の方が
    ミステリアスというか…。


    これからも気軽にコメントしてくださいネ。

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  3. 通りすがりです。  「小室哲哉にとって『打ち込み』は本質では無い」これはまさにそうだと思います。TK時代もフル打ち込みってあんまり無いですし。DEBF3でやっとフル打ち込みがマトモになったなーぐらい思いました笑。

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  4. 微妙に違うエントリーのことのような気がしますが(笑)
    コメントありがとうございます。


    そうそう、その「DEBF3」のことなんですけど、今度は
    『EDMにとってシンセサイザーは本質では無い』
    とおっしゃってますね、ご本人。

    実は僕、まだ「DEBF3」を聞けてないのですが、
    今度、じっくり聴いてみようと思っています。


    今後「打ち込みが本質でない人が打ち込みをしたことによる面白いハプニング」
    みたいなエントリーも考えてますので、またよろしくお願いします。

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